岬け家訓第52条『知らないことは楽しめ』

 幸か不幸か、ミサキ小学校にはあき教室がたくさんあり、つまりはこっそり話をしに姿をかくす場所には困らない。

 と思ったんだけど、どうやら古くなった校舎が危ないということで、ほとんどのあき教室にはカギがかけてある……と、朝の会がはじまる前に担任の先生に教えてもらったんだった。

 ところが緑ちゃんと制服の女の子は、まるでみちびかれるように4年1組から四つとなりのあき教室のドアの前に突き進むと、カギがかかっているはずのドアに手をかけた。

「――ヨ」

 制服の女の子が小さくそう言うと、緑ちゃんはスカートのポケットからカードのようなものをとりだして、なんのへんてつもないドアにピッとタッチする。

 すると自動ドアのように教室のドアが音も立てずに開く。

「入って、はやく」

 緑ちゃんに言われて、わたしはよくわからないままあき教室の中に入った。

 机とイスが、それぞれ七つ。教室の中心に円をえがくようにならべられていた。

 緑ちゃんはその席には目もくれず、ドアのすぐ近くでわたしにぐっとつめよる。

「優依ちゃん、ヨルが見えるの?」

「いや、そりゃあ明かりがあれば見えるけど、そもそも夜を見るっていう言い方がいまいちわからないし、じゃあ昼も見えるよねってことに……」

「あたしだ」

 上から見下ろすかたちで、ひたいとひたいをつきあわせるように、制服の女の子がメンチを切ってくる。

「確定だな。メンチ切り返してきやがった」

「でも、どうして……? 死神は『シノカ』を持っている生徒じゃないと見えないんじゃ?」

「たまに、そういうの関係なく見えるやつはいるけど……こいつはちがう」

 あのー、わたし完全においてきぼりなんですけど……ふたりはなにやら真剣に相談しあっているので、どうやら仲が悪いというわけではなさそうだ。

 ふたりの話が一段落すると、制服の女の子がさっきとはちがい、おだやかな様子でわたしをにらんできた。いや、やっぱり視線こわいよ!

「あたしはヨル。死神だ」

「はあ、そうですか」

 わたしが力なく返事をすると、女の子……ヨルさんはがっくしと力がぬけてしまったようだった。

「あんた……ちょっとはおどろくとか、こわるとかしろよ」

「岬け家訓第52条! 『知らないことは楽しめ』!」

「いきなりおおごえ出すな!」

「岬け家訓第53条! 『知ってることはもっと楽しめ』!」

「えっ、優依ちゃん、それ……」

 顔をしかめるヨルさんとちがい、緑ちゃんは興味深そうにわたしの家訓を確認する。

「優依ちゃんは、ヨルルンのことは知らない。けど、知っていることもある……っていうこと?」

「ヨルルン?」

「ばっ、ばかっ! 緑! 人前でその呼び方するなって言ってるだろ!」

「ヨルルン、今は優依ちゃんと話してるから、ちょっとだまってて」

 ヨルさんはむーっとふくれっ面をして、ふわりと浮かびあがると空中で腕を組んだ。

 ああ、やっぱりレーコさんと同じタイプのひと……じゃなくて死神なんだな……。

 しかしちょっとこわい雰囲気のヨルさんを軽ーくだまらせてしまうなんて、緑ちゃん、なかなかあなどれない。

 わたしは緑ちゃんに、きのうあったことを話そうと決めた。

 たぶんだけど、緑ちゃんもわたしと同じような目にあっているのだろう。

 さてどこから話そうかと頭をひねっていると、ガラガラと教室のドアが開いて、いきなりなにかが矢のようにつっこんできた。

 しかも、それはわたしに向かって、一直線。

 ごつん! と思いきり頭にぶつかって、わたしは火花を散らしながら後ろに倒れそうになる。

「はっはー! おまえが七人目だな! そうだ。そうだろう。はっはっはっはー!」

「ロックくん!?」

「ロック! まて!」

 緑ちゃんとヨルさんが同時に声をあげる。

 わたしの頭にぶつかってきたのは、同い年くらいの男の子だった。

 勝ちほこったように腰に両手をあてて高笑いをする子は、やはりと言うべきか、宙に浮いていた。

「わかってるだろう! 七人がそろった! だったらもうやるしかないよなあ! だから……」

 男の子は空中でくるりと前回りをすると、回転した右足をわたしの脳天めがけてふりおろす……!

「すみやかに、つぶさせてもらう!」

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