岬け家訓第38条『もったいぶるのはもったいない』
ギャーーーーー!
とさけんだりはしない。
なぜならば!
「岬け家訓第46条!」
わたしはふぅーっと深く息をしながら、右手をぐっとからだに引きよせる。
「ちょっ! ちょっとまった!」
こわい顔をしてわたしをおどかしてきたレーコさんの顔は真っ青になっている。
だけど、とちゅうまで言った家訓はきちんと最後まで言わないとね!
「『悲鳴をあげるな』……」
ふん! と右手を突き出す。
「『手をあげろ』!」
「意味がちがーう!」
わたしとちがって悲鳴をあげたレーコさんのおでこに、ぴしりとしっぺをする。
わたしの一撃はレーコさんに直撃する寸前でぴたりととまっていた。
わたしはこれでもすこしばかり空手のこころえがある。
といっても、わたしがやっていたのは「型」という、相手がいない、自分ひとりで技を演じる競技で、直接なぐりあったりはしていない。
それに、空手をはじめる前に、師範の先生に「空手の技で、絶対にひとをなぐってはいけない」ときびしく教えられた。
まあ、レーコさんは幽霊(たぶん)で、ひとじゃないかもしれないけど、そこは武士のなさけというやつだ。
「こ、こいつ……」
レーコさんはわたしにしっぺされたおでこをおさえながら(痛くはしてないよ)、おばけでも見るみたいにわたしをにらんでいる。
いや、おばけはあなたでしょ。
「レーコさん!」
「は、はい!」
「わたしは小学生で、明日からミサキ小学校に転入します!」
なにか言いたげなレーコさんだが、わたしがふん! と鼻をならすと宙に浮いたまま、まっすぐに姿勢を正した。
「それをあなたは、自分が幽霊なのをいいことに、わたしをここにとじこめようとするなんて!」
「いや、わたしは優依のことを思って……」
ぎろりとにらむと、レーコさんはしゅんと小さくなる。
「わたしはまいにち学校に通いたいんです! 岬けのお屋敷にずっととじこもっているつもりはありません!」
さらに言葉をつづけようとしたわたしの目に、しょんぼりとしたレーコさんのほほを、一滴のしずくが伝っていくのが見えた。
え……?
泣いてる?
え? え? わたし強く言いすぎた?
いや……わたしは入り口の近くで割れている手鏡に気づく。
そうか……レーコさんは、ずっとここにとじこめられてたんだ……。
なのにわたしは、自分ばかりが学校に通いたいと言って、レーコさんの身の上も聞かずにレーコさんが好きでとじこもっているみたいなことを言ってしまった……。
わたしがあやまろうと言葉をさがしていると、レーコさんはさらにからだをぎゅっとちぢこませてしまう。
「レーコさん、あの……」
「ぷくく……」
え? ときく間もなく、レーコさんはいきなり大爆発した。
「ぷくくくくく! ぶははははは! あーーーっはっはっはっはっはっ!」
本当に腹をかかえて笑うひとを、わたしははじめて見た。
レーコさんは宙に浮けるのをいいことに、空中でお腹をかかえてぐるぐると回転して、めちゃくちゃに笑いまくっていた。
あっけ。
大回転大爆笑するレーコさんは、あまりに笑いすぎて涙を流していた。
もしやさっきの涙も、このバカ笑いの前兆だったのでは? と思うと、心配したわたしがバカみたいだ。
これは、怒ってもいいだろうか。いやいや、でもレーコさんの身の上はきちんと聞いてあげないと、またはやとちりをして今度こそ本当に泣かせてしまうかもしれない。
「優依、おまえ、いい子だな」
いきなりほめられても、わたしはしばらく前からずっとどう反応したらいいのかわからないままなので、ぽかーんとしたまま突っ立っていた。
「うん。おまえならだいじょうぶだろう。ああでも、わたしのスタンスは変わらないから。ミサキ小学校には、本当に行かないほうがいい」
レーコさんの思わせぶりで本当のことをなにも言わない口ぶりに、わたしは家訓で対抗する。
「岬け家訓第38条! 『もったいぶるのはもったいない』!」
「いいや、こればっかりは口で言ってもわからないよ。明日、おまえが泣いて帰ってくるのが楽しみだ!」
ぐははは! と悪者みたいな笑いかたをするレーコさん。
ふん! じょうとう!
おどかされてしりごみするようなわたしではない。
それどころか、この悪者ぶったレーコさんをぎゃふんと言わせてやりたい!
だったらもう、明日が楽しみになってきてしょうがない!
それはそうと……。
「レーコさん。あなたのことをもっと教えてくださいよ。幽霊だっていうことしかわかってないじゃないですか」
「えー、やだよ。レディに身の上ばなしをさせるのはマナー違反だって知らないのか?」
うーん、聞いたことがあるような、ないような……。
「それと、わたしは幽霊じゃないから」
「えっ?」
じゃあもうわかっていることはなんにもないじゃないか……。
しかしそんなわたしのがっかり感に気づいたのか……たんにかっこよく名乗りたかっただけなのか、レーコさんはそのきれいな顔で、ぞっとするほど冷たい笑顔を作った。
「わたしは、死神だ」
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