岬け家訓第4条『きみの後ろに黒い影』
ぺた。
ぺた。
昼間なのにうす暗い階段を、ぶきみな音を立ててのぼっていく……わたしこと岬優依。
問題のあしあとは階段の上までずっとつづいている。これ、どれだけふいても落ちないんだけど……あとでちゃんと消えるよね?
この階段は玄関の奥まったところにある、あげおろしが可能なもののようだ。
つまりこの先は、ふだんひとの入ることのない、倉庫とか屋根裏部屋とか秘密のくらとかに通じているとみていいだろう。
おお! なんかいきなり冒険っぽい!
しかし、しかしなあ……。
このふしぎなあしあと。
それもなんだか血が固まったような……いや! それについては考えない!
まあ、いきなりあしあとが消えたり現れたりしている時点で恐怖ポイントはかなりのものだけど、それとこれとはべつだ。
なまなましいのはさすがに困る。
だけどそこを考えなければ、なかなかにわくわくする。
もちろん、こわいのはこわい。
それでもあしあと消失の謎を追うのは、名探偵ごころを刺激するでしょ?
しかもこの先にまつのが、岬けの秘密の部屋だと思えば、恐怖ポイントを好奇心ポイントが上回る。
背の低いわたしでもからだをかがめなければ通れないほどせまい、天井にあいた入り口をぬける。どうやら屋根裏部屋でまちがいないようだ。
部屋の中には窓がなく、今わたしが通ってきた入り口がゆいいつの光の入り口だった。
だけどやっぱり、下からさす光では部屋は照らせない。
その場から動かず、てさぐりで電気のスイッチをさがす。うかつに動いてガラスでもふんだら一大事だ。
「岬け家訓第31条、『暗いときには明るく明るいときには暗く』……っとお!」
ガッシャーン!
わたしのスイッチをさがしていた右手がなにかにふれて、勢いよくひっくりかえった音が部屋中にひびく。
うわー、どうしようこれ。ひっくりかえしたの家宝とかだったりしないよね?
ものすっごい音がしたし、絶対になにか割れたっぽいし……。
これでもう一歩も動けなくなってしまった。足で危ないものをふんづけたら……という最初の予測が現実となっているからだ。
かちり。
わたしの左手がたしかな手ごたえをつかんだ。
ふふふ、こんなこともあろうかと、岬け家訓第47条『右手がだめなら左手で』を実行していたのだ!
ゆだんなく動いていたわたしの左手が押したのは、まちがいない。電気のスイッチだ!
部屋にまぶしい光があふれていく。
すこしのあいだ目がなれなかったけど、すぐに部屋全体を見わたすことができるようになる。
お屋敷の広さから考えると、そこまで広くはない。わたしが必死に掃除した玄関の部分と同じくらいだろうか?
とくにものは置かれておらず、ほこりくさいけどだだっぴろい空間だ。おとうさんにたのんでわたしの部屋にしてもらってもいいかも。
おっと、まずはなにを落としたのかを確認しないと。
わたしの右がわに落ちているのは、古い……いや、ものすっごく古い手鏡のようだった。
鏡の部分は下になってくだけてしまっているのでよくわからないが、持ち手や裏の部分がよくあるプラスチックなどではなく、重々しい金属でできている。
すこし青っぽく、にぶい色……これって青銅ってやつじゃ? だったらかなりの貴重な品かもしれない。ホントに家宝だったらどうしよう……。
とん、とかろやかな足音が目の前から。
「うえっ!?」
わたしの目の前に、あのあしあとがふたつ、右足と左足がそろってこちらを向いていた。
するとさっきつけたはずの電気がちかちかと点滅をはじめ、なにもしていないのに部屋から光が消えてしまった!
「……け……くん……じょう……」
わたしのものでも、当然おとうさんでもおかあさんでもないかぼそい声が聞こえてくる。
なに? なに?
わたしは左手でなんどもかちかちと電気のスイッチをオンオフする。だけど電気がつく気配はまるでない。
これは、かなり……やばいのでは?
わたしは泣きだしそうになりながら、その場を一歩も動けずにいた。
階段をおりて逃げだしたくても、お恥ずかしい話、足がぶるぶると震えていて、まるで役に立たないのだ。
もし動けたとしても、階段をふみはずして大けがをしかねない。そのくらい今のわたしはパニックだった。
そういう意味ではむしろからだが言うことを聞かなくてラッキー?
岬け家訓第90条『危ないときには前向け前』だ。ポジティブに考えて、前を向け!
「み……け……かく……だい……よん……じょう」
またあの声。ふしぎな声はいったいどこから?
そこでわたしははっと気づく。
「岬け家訓第4条……『きみの後ろに黒い影』……」
「はーい。せいかーい」
やけにめんどくさそうな声とともに、部屋に光がもどる。
と同時に、背中をぽんと押されて、わたしは部屋のまんなかに押しだされる。
わたしの後ろにいた黒い影……やっとからだを起こして後ろを見たわたしは、はっと息をのんだ。
昔ふうだけど全然ダサくないセーラー服を着て、ねむたそうにまぶたを半分閉じたそのひとは、びっくりするほどきれいだった。
そしてそのひとは、ぷかぷかと宙に浮かんであぐらをかいていた。
長い真っ黒な髪の毛があぐらをかいた腰よりも下にのびて、ふわふわとただよっている。
「えーと、幽霊さん?」
わたしのそっちょくな感想に、幽霊さん(仮)はがっくりと体勢をくずす。
「おまえなあ。初対面のきれいなおねーさんに向かってそれはないぞー」
「はあ。岬け家訓第6条。『見えてる世界がすべてじゃない』ので……」
あと浮いてるし、と言うと幽霊さん(仮)はうーんとのびをして地面に足をおろした。
「それで、わたしを起こしたってことはぜんぶ終わったんだよな?」
「終わった? わたしは今日ここにきたとこなんですけど」
「うんうん。ケリがついたからわたしを解放しにきてくれたんだろ?」
あ、これはだめなやつだ。わたしはすぐに声を張り上げる。
「岬け家訓第16条! 『通じてない会話はすぐにやめろ』!」
げんなり、と幽霊さん(仮)はわたしを見る。
「なに? おまえひょっとしてなにも知らないの?」
「あなたがなにを言いたいのかは、まったくわかってないと思います!」
どうだと胸を張る。
「しかたないなあ、もー」
幽霊さん(仮)はわたしのなにもわかっていないという自信たっぷりの宣言を聞いて、やっと腰をすえて話す気になってくれたようだった。
「じゃあまず、おまえの名前を教えて」
「岬優依。もと・やわ小学校4年2組。明日から、ミサキ小学校に転入します!」
「ふーん。まあ、家訓を知っていたから岬けのものだとは思ったけど、はあー、なんでもどってくるかなあ」
「あの、わたしが名乗ったんだから、幽霊さんも名乗ってよ」
「ああ? いいよそんなの。わたしなんて名前があるようでないようなものだから。よびたいようによびな」
むむむ、なんだかそっけないというか、ぶっきらぼうというか……。
しかし、いつまでも幽霊さん(仮)じゃよびにくいのも事実。
幽霊さん。
ユーレーさん。
よし!
「じゃあレーコさん!」
わたしがびしりと指をさすと、レーコさん(まだ仮)はちょっとびっくりしたように目を細めた。
「なにも知らないんだよな?」
あれ? わたしなにか変なこと言った?
いや、ユーレーだからレーコさんというのはたしかに変な発想かもしれないけど……。
わたしがとまどっていると、レーコさんは力がぬけたようにふわーっと宙に浮かんだ。
「まあいいや。気に入ったから、わたしのことはレーコさんってよんでいいよ」
ほっ……やっと(仮)がとれたよ……。
「さて優依。わたしはおまえに言っておかなきゃいけないことがある」
なんだかまじめな話のような感じを出しているけど、レーコさんはふわふわ浮いているのであまり説得力がない。
「ミサキ小学校には行くな。おまえは、ずっとここで暮らすんだよ!」
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