黎明へ翔ける・3
落下したシャンデリアの破片を複数拾い上げ、投擲した。それらすべてをロルフと狼は避ける。しかしその破片には錬金術が仕掛けられていた。地面にぶつかった破片は同時に弾ける。破片がさらに小さな破片となって四方八方に飛び散る。狼たちはこれらを避けたが、ロルフは防御を捨ててダンに特攻を仕掛けた。急接近するロルフへロランスの弾丸の雨が降りかかる。さすがに弾丸は無視できず、ロルフはたたらを踏んで回避した。その回避した先ではダンが放っている破片。
このままでは回避ばかりで攻撃に転じることができない。ロランスの不足している部分をすべてダンがフォローしている。彼らの連撃は休まない。
ロルフは狼たちに合図した。それがドイツ語であったため、ロランスとダンにはその意味が分からない。連撃を避けながらロルフは壁に寄っていく。そしてそのまま壁へ飛び込んだ。その先は屋外。森の中だ。夜の森は人の目より人狼の目のほうがよく効く。そして狭い屋内よりもロルフたちは広々した空間でと戦うほうが性に合っている。さらに言うならば、錬金術師は人工物と相性がいい。自然物に囲まれた森の中というのは、屋内と比べて戦いにくい。
逃げ込んでからしんと静まるロルフたち。森の中は人狼が潜んでいるとは思えないほど穏やかになっている。
「っち。誘ってる」
それは明らかな誘いだ。こちらへ来いと呼んでいる。
「森の中になると、人狼たちが有利になってしまいます」
「ならここで睨み合いでもするか?」
「いいえ。森へ行きます」
「よし」
ロルフが大穴を開けた壁の向こうへ進むことにした。足を踏み入れた森は内から見えていた穏やかさなどまったくない。生き物すべてが、木々でさえも息を潜めているような静寂。頭の中で響き渡るような無音。
ダンはメモ帳を片手に、ロランスは拳銃を構えて厳戒態勢で周囲を見渡す。視線は感じるのだ。だが、それが一体どこから来ているのかわからない。見ている。どこかで。人狼たちが。しかしそれがどこからなのか……。
風が駆け出した。
木の葉が揺れ、草が靡く。さらさらと透き通る音に紛れ、動いた。
姿勢を低くしていた二頭の狼が先にダンとロランスに襲い掛かった。二匹は意外にもすぐ近くに隠れていたようで、飛び出した二匹が姿を現したのはほんの三メートル先の草むら。飛び上がった狼は真っ先にロランスを狙った。
引き金に指をかけた時にはすでに遅く、狼はロランスに食らいつく――、はずだった。
「来たか!」
ダンがちぎったメモ用紙を木に向けて投げた。木は急激に成長し、枝が狼に伸びる。ロランスのすぐ目の前の地面を強く叩いて牽制。狼はロランスと木を避けて後方に飛んだ。すぐに銃口が後をなぞり、射撃する。狼を狙っているロランスに気が飛んでくる。力任せに引き抜かれた木がロランスに当たりそうになって、ダンが伸ばす木がロルフの投げた木を叩き落す。すると木の後ろからロルフが姿を現した。ダンがさらに木を伸ばす。ロルフを攻撃しようとしたが、木の成長が途絶えてロルフまで届かない。ロルフはまっすぐダンに襲い掛かった。刃よりも鋭い爪がダンの喉元を裂く。
「ファック」
ダンには避けることができない。もう遅い。防御することもできない。それでもダンはメモ帳を破いて対処を試みる。ダンの使う錬金術の思想は材料が物質でなくても良い。だからメモ帳を破いて術を流し込み、ロルフを相殺する。
目の前にメモ帳を盾代わりに突き出した。メモ帳を盾と呼ぶにはいささか頼りないが、錬金術が流し込まれたメモ帳だ。ロルフの爪が突き刺さっても彼の攻撃を食い止めることができる。
「この……!」
「なっ」
ロルフは力任せに圧す。食い止めていたメモ帳が端から水に溶けるように消えていくではないか。人狼のでたらめな力技にダンは驚く。
「あぶない、うしろです!」
目の前にいるロルフに集中していると、背後から二頭の狼が襲い掛かる。腹とふくらはぎに勢いよく噛みつかれ、そのままダンは押されるように倒れてしまう。地面に倒れ、しかしすぐに狼を振り払って起き上がった。首筋にロルフの爪が掠り、冷や汗を流す。ロルフの爪は案外深く切り裂いたようで血がとめどなく流れ出た。
「っち。もうすぐで動脈がきれたのに」
「無駄口を叩けないようにしてやる」
「やれるものなら」
「吠えてろ」
大きな発砲音。ロランスの銃弾がロルフの腰を打ち抜いたが、すぐに傷口の再生が始まる。いまは夜だ。夜の怪物は人間の手には負えない。たとえ銀の銃弾でも、この人狼にとってはそう大きなダメージに至らない。
「レディ、援護射撃を頼む。俺が前に出る」
「わかりました。任せてください」
ロルフは狼たちと同時に動く。二匹の狼が二手に分かれてダンへまっすぐ駆ける。ロルフは背後に飛び上がり、木の幹を足場に蹴る。ダンはメモ帳を数枚破り、自身の周囲に撒く。するとメモ帳が自発的に炎をだして大きく燃え盛った。地面に生えている草をも飲み込んで周囲を火炎の世界へ塗り変えた。しかし炎を恐れないロルフはその世界でダンに踵を落とす。その重たい一撃を腕にくらい、ダンは小さく悲鳴を上げた。関節のないところで折れた腕は服の中でどうなっているのか想像したくない。だが、じわじわと血が服を重たく濡らしている。力が抜けてメモ帳を握れなくなってしまう。するりと手からメモ帳が落ちる。ロルフはすぐに足で薙ぐ。メモ帳は炎の中へ。描かれていた術式は肺となってしまう。
「ああ、肉の匂いがする」
血を流す腕を見て、ロルフの腹が鳴った。
「おいしそう」
捕食者の空腹に餓えた目がダンを捉える。
「させません!」
狼たちを振り切ってロランスが手持ちから聖水を取り出した。小瓶に入った聖水をロルフに向かって投げる。そして小瓶を撃って、中の聖水を宙からロルフにむけて散らした。ロルフはすぐに聖水を避けようとダンから離れる。
ダンを守るようにロランスは前衛に出た。銀の銃弾を装填した拳銃リボルバーと、片手にはナイフが握られている。銀を含んだ刃のナイフだ。
「おいしそうだろ、それ」
ロルフはダンを指さす。異性の血を好む吸血鬼の血が流れている。ちょうど異性の血であるダンの血の香りが辺りを充満し始めた中で、ロランスが反応したことにロルフは気づいたのだろう。
「いいや。高橋は人間だ。吸血鬼じゃない」
「……はいっ!」
励まされ、気を確かにする。しかしロルフはその時確信した。高橋ロランスは吸血鬼の血を立派に継承しているのだと。励まされる直前、彼女の中に眠る吸血鬼の血が確かに感応していた。彼女の青緑の不思議な色をした瞳に赤が混じったのだ。
「ごはんをおあずけされるのは、よくない」
「彼はあなたの食事ではありません。さあ、リベンジです」
「今度こそ殺そう」
先手はロルフ。森の中に潜んだロルフをロランスが追った。木々の間を器用に駆けていくロルフを慎重に発砲する。ロルフは木を蹴り、ロランスへ四方八方、縦横無尽に襲撃する。拳を受け流し、蹴りあげを前転で避け、過ぎていくロルフを撃つ。そのほとんどは外れたが、うち三発は命中。どれも致命傷には至らないが、ロルフの動きは確実に鈍くなっている。ときおり狼たちの奇襲があったが、ロランスは回避を成功させた。その先で木がなぎ倒され、ロランスの頭上へ迫る。倒れる気は五本。すべてがロランスを狙っている。さらにロルフの追撃が迫っている。ロランスはさらなる回避を試みようとしたが、その寸前に狼による攻撃が入り、また、昼間の傷が痛んで動けなくなってしまう。
「そんな」
死んでしまう。そう確信したとき、地面に穴が開いてロランスが落下した。落ちた地点にはダンが。ロランスを受け止めている。
「こ、ん、の、お!」
自分でなぎ倒した木々を突き抜けてロルフも穴に落ちる。そのままロランスとダンを二人まるごと叩き潰すかのように見えた。
「掛かったな、犬っころめ」
穴の側面から木の根が伸びてロルフを捕まえた。そのうえでさらにダンは――詠唱をした。
「つ魔術!?」
それは錬金術ではない。魔術だ。どうして錬金術師のダンが魔術を扱えるのか。
ロルフをつかまえた網の周りに蜘蛛が群がる。ロルフはどんなに力を入れてもその束縛から向けだすことができない。
「借り物の使い魔だ。長く束縛できるほどの効力はない。おとなしくしている間にさっさと館に戻ろう。赤井から代償をもらわないと」
「二頭の狼も捕まえたのですか?」
「ああ。地上で捕まってるだろう。いまのうちに行くぞ」
「はい」
穴の中にはさらに横穴がある。おそらくダンはそこから来て穴を仕掛けたのだろう。立ち去っていく二人を見送り、ロルフは悪態をついた。それから網を握り、ありったけの力をもって引く。網より先に手のひらが裂けてしまいそうだった。完治していないたくさんの傷口から血が噴き出し、穴の底に血溜まりを作る。それでもロルフは筋肉が喚いても諦めず網を引く。そうしていると錬金術で作られた網と魔術による拘束を、ただの力で破壊した。すぐに穴から這い出て、地上で同じく網を自分の力で破壊したばかりの狼と合流を果たす。
「あいつら、建物に戻っていった。……俺たちも行こう」
傷口が開いたことで満身創痍となったロルフは狼たちに気遣われながら洋館を目指す。その洋館の中では、すでに吸血鬼同士が戦闘を始めてからしばらく経ち、互いに致命傷には至らないもののそれに迫る戦闘が行われている最中であった。
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