真夜中に沈んでいく・3

二頭の狼を連れて事件現場までたどり着いた。ニュースにもなったのは駅の近くにある河川敷。その一部がブルーシートに覆われていた。そこにはすでに野次馬がおり、付近には侵入を防ぐテープが張られていた。警備役の警察官が野次馬に目を光らせている。野次馬の数は多い。土曜日の昼間ということもあってたくさんの一般市民が集まっているのだろう。


「どう?」

「する。血の匂い……。吸血鬼の匂い……、?」


くんくんと鼻を動かしていたロルフがふと首を傾げた。二頭の狼もロルフと同じ方角を見て耳をピンと立てている。ただ一点を彼らは見つめていた。一体どうしたのかと高蔵寺はロルフたちの視線の先を追った。


たくさんの野次馬たちの中にいるのは一人の女性だった。

艶やかな金髪をサイドテールできつく縛る、西洋人の女性。緑を基調とした洋服は品のあるデザインだ。ただ無心にテープの向こう側を見つめている。まるで感情を寄せ付けない人形のようなまなざしは気が付かなければ分からないものの、一度目にしてしまえば釘付けとなってしまう。彼女の容姿が整っていることもそうなのだが、その視線を含めて何かが異質なのだ。その異質がなんであるのか、少し考えれば高蔵寺も理解できた。


「……彼女、もしかして」

「見つけた。ハンターだ」


ロルフの目つきが変わった。恐ろしい眼光は高橋ロランスを射抜く。その視線だけで人を殺すことができそうなそれは殺気。殺気そのものがナイフのように鋭い視線となっていたのだ。

ドスの低いロルフの声は唸り声のようにも聞き取れる。同じくして、二頭の狼も姿勢を低くして彼女に対して唸っていた。


「だめよ。こんなところで襲っちゃ……」


高蔵寺がロルフを注意するよりわずかに早くして、ロランスが人狼に気が付いた。目が合う。ロランスはすぐに人の合間を縫って野次馬から抜け出してしまった。離脱したロランスをロルフは本能のまま追う。人と肩がぶつかっても、ロルフは気にかけることなくロランスを狙った。ロルフに続いて狼も走り出す。あわてて高蔵寺も後を追い始めたが、全力で走るハンターと人狼に追いつけない。コートのポケットに入れていた折り紙の鶴を取り出す。特殊な紙と術を吹きかけた折り鶴を高蔵寺は宙へ放り投げた。


「『ロルフたちを追って』!」


折り鶴は翼を大きく羽ばたかせて空を飛んだ。上空を飛ぶ折り鶴を高蔵寺は追った。

高蔵寺がたどり着いたのは林の中だ。久しぶりに長距離を走った高蔵寺の息はすでに切れていて、足には力が入らない。膝から崩れ落ち、地面にぺたんと座り込む。


「はぁ、はぁ……」


大きく肩で息をして、まっすぐ前を向く。前方では人狼とハンターの殺し合いが行われていた。



   ◇◇◇◇◇◇



大きく踏み込む。全身を使って拳が振るわれた。革製のアタッシュケースを盾代わりに突き出す。ロルフの強烈なパンチをロランスは流す。すぐに狼がロランスに噛みついた。肩に、脚に。食いちぎらんとするほど強く食らいつく。ぶつりと皮膚が破れて血があふれた。肉が抉れる前にアタッシュケースの角を狼へ叩き落す。狼たちは衝撃で口を離してしまった。


「Verdammt!」


間入れず、背後からロルフがロランスの首を掴んだ。そのまま地面に押し倒す。すぐさまロランスがヒールの踵に潜ませていたナイフをあらわして、ロルフの頭部をめがけたが、かすめるだけだった。ロルフがロランスの足に気を取られているうちに、彼女はアタッシュケースから拳銃を取り出した。


それは特殊な銀の弾丸を込められる回転式拳銃、リボルバーだ。銃身長の長いそれをまっすぐロルフに向けた。吸血鬼と同じく人狼も銀の武器を弱点とする。この銃に銀の弾丸が込められていると察したロルフはあわてて飛びのいた。ろくに照準を合わせず、ロランスはロルフに向けて引き金を引いた。ほとんどの銃弾は当たらなかったが、太ももの部分が掠ってしまった。六発すべて撃ち終えたロランスはロルフが離れているうちに次弾を装填する。


「今回の私の目的は人狼ではありません。警告です。いますぐ退いてください」

「いやだ」

「……。警告はこれで最後にします。私の邪魔をしないでください。これ以上戦闘を続けるようなら殺します」


ロルフは鼻で笑った。右手を振り払い、手首をならしてからまっすぐロランスに突撃していった。正面からやってくる拳はあまりにも速い。ロランスがまばたきしたその刹那、ロルフは目の前にいた。対処する暇などない。ロルフの拳は鳩尾をおもいっきり叩き付けた。重く、力強いそれにロランスの細い体は耐えられない。簡単にロランスの体は浮き上がり、後方へ吹き飛ぶ。呼吸ができなくなって、意識がまっくらになる。打ち上げられた体は地面に落下。叩き付けられる。


「――っか」


口から肺の空気が抜け出る。その衝撃が失っていたロランスの意識を引き戻した。


「俺を殺す?」


ロランスの頭上から声がする。ロランスはすぐに意識を覚醒させようとしたが、視界は回っていて状況が分からない。


「俺を殺せると思うのか?」


ロルフがロランスの首を掴んで持ち上げた。ロランスの足は地面に着かずブラブラと揺れていた。拳銃が手から滑り落ちる。


ロルフが首を絞めるとき、力の入れすぎか首の骨がミシミシと音を立てていた。ロランスの首がそのまま折れて、捻じれて、潰され、絞められる。彼女の意識が完全に目覚めるときにはすでに手遅れ。抵抗できないまま、死んでしまう。


「やはり、怪物、は……滅ぶべき、です――」


それがロランスの残す最期の言葉になるか。このまま力を加えて殺そうとするロルフの耳に、つんざくような高蔵寺の声が堰を切らせたかのように届いた。


「ロルフ、うしろ!!」


同時に殺気を感じ取る。瞬時にロルフが振り返った。

濃い霧が、人型に収束している。ニヤリと口を割いて笑う吸血鬼、赤井が姿を実体化させていた。


「あたしの絞首台になんてことしてくれんだ」

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