第五話 硝子人形の造形師

 あなたが愛情を与えたぶんだけ、彼女たちはあなたを愛してくれる。

 それは打算だとかそういうものが一切無い、硝子がらすのような透明な愛情だ。


 硝子のお人形はお砂糖と香辛料スパイスで出来ている。

 お砂糖だけだと甘すぎるし、スパイスだけだとからすぎる。どちらが欠けても可愛い女の子にはなれないのだ。

 硝子ドールを作るには、硝子粘土がらすねんどねるところから始まる。

 はじめは普通の硝子のように透明でカチカチの粘土を、てのひらの体温で辛抱強くあたためながら捏ねていると、徐々に乳白色になり、やがてパン生地のように柔らかくなる。そこに鉱石を顔料にした絵の具を混ぜ込んで理想の肌色をつくっていく。黄みが強い健康的な肌を好む人もいれば、青みが強い色白の肌色を好む人もいるから、依頼人に提示した肌色サンプルと見比べながら、少しずつ少しずつ色を混ぜていく。

 理想の肌色が出来たら、木型の人形に粘土を貼り付ける。あとで彫って形を整えることも考慮してやや肉厚に。

 木型を隙間なく粘土で覆ったら、表面なめらかに整え、目や鼻、口を彫りこんでいく。ここが職人の一番の腕の見せ所だ。

 人それぞれ絵や字に癖があるように、人形の顔は造形師によってだいぶ異なる。とても目が大きかったり、なんだか色気があったり、本当に多種多様だ。

私のつくる硝子ドールは、清楚で素朴で、どこか透明感がある、と言われることが多い。それは私がそういう女の子を好きだからだろう。目鼻立ちがはっきりした迫力のある美人よりも、優しい顔だちの女優さんやモデルさんが私は好きだ。私の人形を見て、ほっとする、ずっとそばに置いておきたくなる、なんて言われると飛び上がるほど嬉しくなってしまう。

 納得いくまで彫り込んだら、一週間ほど粘土を乾かす。その間に私は彼女に着せる洋服を縫う。洋服は硝子ドール専門の仕立て屋さんに頼む造形師も多いけれど、私は自分の実力が及ぶ限り自分の手で作り上げることにこだわりを持っている。

 粘土がカチカチの状態まで乾いたら、切り込みを入れて木型から粘土を剥がす。目の部分に穴をあけて目を入れる作業は、彼女の性格の基盤をつくる重要な工程だ。

瞳には丸く磨き上げられた鉱石を使う。この鉱石の種類によって人形の性質が決まるのだ。

 女性らしく愛情深い子になってほしいならローズクォーツを。折れない芯を持つ子になってほしいならオニキスを。依頼人が一番悩むのが、この瞳の石を決める時だ。

鉱石をきちんとはめ込むと、硝子ドールがぱちん、と一回瞬きをする。それは、命の元が吹き込まれた合図だ。

 頭に埋め込む髪の毛は、人間の髪よりもあやかしや人魚、妖精、精霊のものが好まれる。化学繊維なんてもってのほか。人間の髪にはありえない色の髪はどれも絹のような触り心地でうっとりする。

 髪を整えたら、あとは睫毛を植えたり爪を付けたりする細かい作業が残っている。それを終えればひとまず作業は完了だ。

 あとは、彼女の命の種が芽吹くのを待つだけ。

 服を着せてやり、日の光と月の光がよく当たる場所に椅子とテーブルを用意して、そこに硝子ドールを座らせる。テーブルの上には砂糖とスパイスを混ぜたミルクティーを用意するのを忘れてはいけない。

 彼女たちは人間が見ていないあいだにこっそりとそれを飲む。カップがからになっていたらまたミルクティーを注ぐ。それを繰り返していると、だんだん硝子ドールの唇や頬に赤みが増し、肌が柔らかくなっていく。

 硝子ドールが目覚めた時の最初の一声いっせいは決まっている。

「おはようお母さん。私をつくってくれてありがとう」

 それを聞くたびに私は胸がいっぱいになり、小さな体をそっと抱き締める。

「おはよう。生まれてきてくれてありがとう」

 そうすると、彼女たちは小さな手でけんめいに抱き返してくれる。

 愛娘(まなむすめ)を送り出す時はいつも誇らしさと切なさがないぜになる。

 造形師が生み出す硝子ドールは造形師のものではない。依頼人のものだ。過剰な情を持つのはタブーだけれど、私は彼女たちが幸せになるように願わずにはいられない。そして、ほとんどの場合その願いは叶えられる。

 硝子のお人形はお砂糖と香辛料スパイスで出来ている。

 毎日それを混ぜたミルクティーを与えることと、愛情を注ぐことが彼女たちが生きるうえで必要なものだ。それがないと、彼女たちはすぐ物言わぬ硝子のかたまりに戻ってしまう。

 逆に言えば、それさえあれば豪華な部屋も服も要らない。

 田舎に暮らす年配のご夫婦の元にお嫁にいった硝子ドールが、畑をバックに作業着を着て、泥だらけになってお爺さんたちと笑う写真が送られてきた時はとてもほっこりした。

 一体からひとりになった硝子ドールを送り出すと、私はすぐに次の仕事に取り掛かる。私の硝子ドールを待つ人はたくさんいるし、ちょっとの寂しさを紛らわす意味もある。

 さて、次に生まれる子はどんな子だろう。

 確実なのは、どんな子でも可愛くて可愛くてしょうがないに違いないということだ。


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