第Ⅶ章 勘違いの大海戦(6)

「――うぐあぁっ…!」


  パンっ! と 乾いた銃声とともにもんどり打って水夫が黒い海面へと落下してゆく……。


  代わってこちら、レヴィアタン号で留守を預かるマリアンネはというと、時折、船を狙って乗り込もうとする護送船団の水夫達を、意外と見事な銃の腕で撃退していた。


「ふぅ…けっこうしつこいな。なかなか諦めてくれないよ……」


 そう言って溜息を吐くマリアンネは、それまで身に着けていたペンタクルなどの魔術儀式用具を取り外し、代わりに銃器用ホルスターのある革ベルトを腰に巻くと、その手には自作のホイールロック式マスケット拳銃を握っている。


 六本の束ねた銃身を回転させることで、六連射もできるというけっこうな優れた代物だ。また、ベルトのホルスターにも替えの拳銃を幾つも吊るし、その〝赤ずきんちゃん〟な容姿に反して完全に戦闘モードである。


「クソっ! ガキんちょの分際でこれでも食らえっ!」


 また、斬り込み戦法の常套手段として、陶器の壺に火薬を詰めた簡便な手榴弾を向こうの船縁から投げ込んでくる輩もたまにいるが。


「オォォォォ…!」


 それらはゴリアテがパンチで殴り飛ばし、空中で爆発するそれから主人マリアンネを守っている。


「ちきしょう、あのデカブツめ! さっきのオオカミ男といい、なんなんだ、このバケモノどもは? 人間様をなめんじゃねーぞっ!」


 そんな反則技的な土の巨人に業を煮やしながら、再び水夫は右手で壺の把手とってを掴み、その陶製手榴弾をゴリアテに向かって放り投げる。


「オォォ…!」


「ヘン! ウスノロめ、もう一発食れてやる!」


 それもなんなく弾き飛ばすゴリアテだったが、今度はそれだけに終わらない。水夫は悪どい笑みを浮かべ、隠した左手に持っていたもう一つの手榴弾も立て続けにマリアンネへ向かって投げつける。


「きゃっ…!」


「オオオオオッ!」


 隙を突かれたゴリアテは、それでも主人の危機に慌てて身を投げ出し、辛くも肩に当たった手榴弾はコン…と鈍い音を立てて弾かれると、落ちた甲板の上にゴロゴロと転がった。


「ハァ……ハッ! お頭っ!?」


 だが、その転がった場所がいけなかった……。


 …ジジ…という縄の焼ける音がわずかにした後、ドガァァァァァーンっ…! と轟音と爆炎がマストの根元を包み込む。


 咄嗟の動作に弾く方向をコントロールできなかったそれは、あろうことかメインマストの下に座るマルクの前まで転がって止まり、そこでちょうど導火線が燃え尽きて大爆発を起こしたのである!


「お、なんだか知らねえが、別のヤツを殺ったか!」


「お頭っ!」


 それが敵の船長とは知らず、それでも悦ぶ残忍な水夫に背を向けて、マリアンネは爆発の煙たなびくその場所へと急いで駆け寄る。


 爆炎に煤けたマスト前の、それまでマルクが座っていたその場所……


 そこには胴から首のもげた、見るも無残な彼の亡骸が転がっていた。


「…あぁ、なんてこと……お頭がこんな姿に……」


 大切な人を亡くしたというよりは、なにか大事な玩具を壊された子供のように切なげな表情を浮かべ、マリアンネはその首と胴に分かれたマルクの遺体を見下ろす……。


 否! それは人間の骸ではない!


 もげた頭部からは帽子とともに鉄仮面も剥げ落ちてしまっているが、露わとなった仮面の下には真鍮製の頭蓋骨と、ゴムの筋肉でできた精巧な人頭模型が覗いている。


「ハァ…せっかくあたしが丹精込めて作った〝喋る人頭〟だったのにぃ……呻き声一つ出さないとこ見ると、お頭の魔術も解けちゃったみたいだけど……ま、もう用はすんだからいっか」


 だが、それを目にしても驚くことはなく、もう一度残念そうに溜息は吐くものの、マリアンネは特に問題はないというようにケロっと笑顔を見せている。


 そう……ずっと彼女らが〝お頭〟として接していたそれは、なぜか船長カピタンマルク本人ではなく、マリアンネのカラクリ仕掛けと悪魔の力で作られた人形だったのだ。


「バカめ! やはり小娘だけあって戦はシロウトか!」


 と、その時、仲間の死を気にかけて隙ができたと思った水夫が、カットラス片手に船縁からジャンプしてレヴィアタン号へ乗り移ろうとする。


「うがあっ…!」


 が、どういうわけか彼は呻き声を上げ、空中でバランスを崩して甲板の上へと墜落する。


「……んぐ……ブク…ブク…」


「……え? なに?」


 勝手に襲いかかっては勝手に倒れたその敵に、振り返ったマリアンネは訝しげに眉根を寄せる。


 見れば、彼の背には一本の矢が鋭く突き刺さり、口からは泡を吐いてすでに虫の息である。


「このえげつないまでに強力な毒矢……ってことは!」


「チッ…邪魔な男ね……」


 その思い当る節がある猛毒の矢に視線を上げると、サント・エルスムス号の船縁に片足をかけ、杖のように長い弓を構える修道女の姿があった。


 どうやら彼女――メデイアがマリアンネを狙って弓を射たところ、ちょうど飛び出した水夫がその射線上に入ってしまったらしい。


「やっぱりヒツジさんとこの魔女さん!」


「錬金処女おとめ、貴様とその木偶デク人形が船の留守番か? さしずめ船長カピタンマルクは部屋に籠って儀式の真っ最中といったところだろう……ん? なんだ、その生首の玩具は?」


 武装した修道女の姿にマリアンネは声を上げるが、メデイアも彼女とそのゴーレムの二人しかいないことを確認すると、手にした真鍮製の人頭を見てベールの下の眉根を訝しげに歪める。


「べ、別になんでもないよぉ~……え、えっと……そ、そう! ただの医術用教材だよ! 医術用教材! そんでもってお頭は今、船長室で悪魔さんの召喚中なんだぁ~……」


 するとマリアンネは素早くそれを背中に隠し、ハシバミ色の瞳を泳がせながら、しどろもどろに明らかな嘘を吐く。


「…………まあいい。ならば好都合。何を企んでいるのかは知らないけど、逃げる船がなくなれば、たとえ『大奥義書』を手に入れたところですべては水の泡。その邪魔な木偶人形ともども、あなたの船を沈めてあげるわ」


 しかし、少なからず疑念を抱きながらもそれ以上の追及はせず、杖のように弓の先を突きつけながら本来の目的をメデイアは告げる。


「ふーんだ! 性悪魔女のあなたなんかにパパの・・・ゴリアテちゃんが倒せると思うの?」


「フフ…ええ、思ってないわ。だから、あなたのゴーレムには別の相手を用意してあるの」


 うまく(?)誤魔化せたので落ち着きを取り戻し、腰に手を当てて堂々と言い返すマリアンネだったが、メデイアはベールの下に不気味な笑みを浮かべると、そう答えて袖の中から1匹のトカゲを掴んで抓み出す。


「冥界と魔術を司りし死者達の女王ヘカテー女神の名において、契約のもと、我が使い魔としてその任を果たせ! 雌蜥蜴エンプーサ!」


 そして、それをレヴィアタン号の中へ放り投げると、その小さな生物はみるみる空中で大きくなってゆき、ゆうに人の2、3倍はあろうかという巨大なトカゲとなって甲板に着地する。


「わわわわわわ、お、お化けトカゲっ?」


「シャァァァァァ…!」


 マリアンネが驚きに目を見張る中、さらにそれは立ち上がると姿を変え、一方の脚は青銅、もう一方の脚はロバのものでできた、牡牛の角と犬の牙を持つ、ゴリアテ並に大きな女人となって威嚇音を天に響かせる。


「お頭が〝魔術も自然の摂理に則しているから、それに反することは難しい〟ってよく言ってるけど……これ見るとその原則も信じられなくなってきたよ……」


 自分のゴーレムだって他人ひとのこと言えないが、目を疑るようなその驚くべき怪物を前にして、マリアンネは眉根を寄せて不平を口にすると、呆気にとられながら少しビビった――。

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