第Ⅶ章 勘違いの大海戦(5)

「――かかれぇーっ!」


「海賊どもに目にもの見せてやれーっ!」


 一方、その頃、ガレオン13隻による海戦全体の戦況はというと、お互い撃つだけ大砲を撃ちまくりあった後、双方、ボロボロになった船を間近に近づけてそれぞれに斬り込み、エルドラニアお得意の〝白兵戦〟で勝敗を決する段階へと移行していた。


 そのため、白兵戦に備えて鎧の胸当てやキャバセット型兜を身に着けた水夫達もその姿を見せ始めている。


「こちらからも乗り込むぞっ! こちらの守備は我らに任せ、海兵隊は突撃ぇ~きっ!」


 そんな、禁書の秘鍵団、羊角騎士団に加えて駐留艦隊まで斬り込んで来る大乱戦の状況に、パトロ提督も自らサーベルとマスケット拳銃を手に奮戦している。


「ひぃぃぃぃ…こ、こんなことなら、サント・ミゲルの総督など断ればよかった……ああ、イサベリーナは無事でいるだろうか? マリアーとジェイヌはどこへ行った?」


 対して海賊に斬り込まれる経験など初めてなクルロス新総督の方は、近くにあった船首楼の中へと一目散に逃げ込み、ただただ物陰で頭を抱えながら愛娘のことを心配だけ・・している。


「よーし! 駐留艦隊も取り着いた! 彼らとともに一気に攻め落とすぞ!」


 そうした中、ハーソンやオスクロイ兄弟以外の羊角騎士団員達も、副団長アウグスト・デ・イオルコの指揮のもと、〝海賊に見える〟水夫達との死闘を繰り広げていた。


「うおりゃあぁぁぁーっ!」


 ヴィキンガーの末裔ティビアスは先祖伝来の肉厚で巨大な戦斧を振り回し、パイクを持った水夫達を力任せに薙ぎ倒している。


「ガウディールの港での決着、今宵ここで着けてくれようぞ!」


「明日の朝日は縄に繋がれた身で拝ませてやる!」


 修道士のプロスペロモ・デ・シオスとイシドローモ・デ・アルゴルタも、他の目立つ団員達よりは地味であるが、それでもやはりエリート騎士団の一員らしく、一般の団員達ともども確かな実力で襲い来る〝海賊〟を斬り払う。


「うぐうぅぅ……」


「大丈夫じゃ、傷は浅いぞ。これくらいじゃ死にはせんから安心せい」


 また、船医のアスキュール・ド・ペレスは、大混戦の船上を忙しなく走り回り、怪我をした団員を見て回る衛生兵的な任に徹している。


「うく……」


「おまえさんも気をしっかり持て。ただ腕をズバっと斬られただけじゃ。どれ、今縫ってやる……ん? おっと間違えた。おまえさんは海賊の方じゃったか」


 だが、敵味方入り乱れる混乱の中にあって、時には間違えて〝海賊〟の負傷兵に手を差し伸べてしまうこともある。


「ま、仕方ない。ついでじゃ。ほれ、腕を出せ」


「……クソ…んぐ……情けない……海賊の厄介になろうとは……」


 それでもそのまま捨て置くわけにもいかず、医師としての仕事を続けようとするアスキュールであったが、その〝海賊〟は苦しげに息をしながらもなんだか妙なことを呟く。


「海賊? 誰が海賊じゃ。海賊はおまえさ……ん? ……な、なんじゃ? おまえはエルドラニアの兵ではないか?」


 なぜだかまるで気付かなかったが、その言葉によくよく見てみれば、彼はエルドラニア軍を示す黄色と赤の腰帯を巻き、その顔も明らかにラテン系のエルドラニア人のものだ。


「この腰帯からして駐留艦隊の者ではないし、どういうことじゃ? なぜ海賊船にエルドラニア兵がおる? これは海賊の船ではないのか? ……まさか、我らは何か大きな勘違いを……」


 なんだか狐に抓まれているような奇妙な感覚に、そこはかとない不安と疑念を感じたアスキュールはおそるおそる周囲を見回してみる……。


「なんじゃこれはっ? どうしてエルドラニアの者同志で……こやつら海賊ではないのか?」


 すると、今までずっと海賊と戦っているように見えていた羊角騎士団の騎士達は、現在、自分が抱き上げている男と同じ同胞の者達と剣を交えているではないか!


 それは羊角騎士団ばかりではない。先程、斬り込んできた駐留艦隊の兵もである。


「……いや、見間違いではない……じゃが、どうしてこんな……おい! やめるのじゃ! 同士討ちはやめよっ!」


 それまで見ていたものとは一変してしまったその景色に、アスキュールは目をゴシゴシと擦って改めて見渡すが、やはりそれは幻影でも見間違いでもない様子だ。


「おのれ、海賊風情があっ! 我ら騎士団の力見せてくれる!」


「海賊のくせに何が騎士だあっ! この船を襲ったこと後悔しやがれっ!」


 だが、アスキュールが止めるも時すでに遅く、戦いに熱狂する同朋の者達に彼の言葉は届かない……


 それが悪魔と、その悪魔の力を利用した海賊の仕業であるということを知る由もなく、なおも激しい同士討ちをエルドラニアの兵達は繰り広げるのであった――。

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