第Ⅴ章 無敵の護送船団(6)
一方その頃、護送船団の旗艦サント・エルスムス号では……。
「――ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…うおっとっとと…!」
「きゃっ…!」
荒い息遣いで船内を走って来たマリオは、船長室の前でイサベリーナとぶつかりそうになっていた。
「お、お嬢さま?」
バランスを崩しながらもなんとか衝突を免れたマリオは、それが彼女であるとわかり、驚きに大きく目を見開いて呟く。
「痛たたた……ハッ! マリオ! もしかして、わたくしを心配して探しに来てくださいましたの?」
対して尻餅を搗いたマリアンネも彼の顔を認め、安心とともにどこかうれしそうな笑みを見せて尋ねる。
「えっ? ……あ、はあ……まあ、そんなところです……」
真っ直ぐに純真な目を輝かせて自身を見上げるイサベリーナに、マリオはひどくバツが悪そうに苦笑いを浮かべながらそう答えた。
「海賊が襲って来たのはご存知ですよね? よっと……」
「ええ。それで、安全な場所へ避難しようとしたんですが、侍女達はわたくしを放っておいてさっさとどこかへ隠れてしまうし、お父さまに聞いたら、ここが一番安全だから隠れていろと言われたんですの」
手を差し伸べ、彼女を引き起こしながら尋ね返すマリオに、イサベリーナは不意に硬い表情になって船長室の方を目で指し示す。
この船内では最も奥まった場所にもドン! ドン! と大砲を続け様に打つ重低音が、腹に響く振動ととともに聞こえてきている。
「そうでしたか……確かにここは船内でも一番奥まっていますからね。万が一、海賊が船に乗り込んで来ても大丈夫です」
「か、海賊が…?」
「それじゃ、おとなしくここにいてくださいね。僕は持ち場に戻りますのでこれで…」
「マリオ、わたくしの傍にいてくださいませんこと!」
普段は威勢のいいことを言ってはいるものの、そこはまだお子さまのお育ちのよいご令嬢……何気ないマリオの一言にも顔を青ざめさせ、立ち去ろうとする彼の手を再び握りしめて引き止めようとする。
「え、し、しかし……」
「その……一人でいるのはとっても不安で……お願いです、マリオ! わたくしと一緒にここにいてください!」
そして、いつもの見栄っ張りな態度はどこへやら、ちょっと気恥ずかしそうに本心を明かし、困り顔のマリオにうるうると円らな瞳を震わせながら改めて頼み込む。
「……ハァ……わかりました。では、もうしばらくお傍にいましょう」
美少女に涙目で懇願されてはさすがに断り切れず、仕方なくマリオは深い溜息を吐いてから、今夜も彼女のワガママを聞いてやることにする。
「はぁ! ありがとうございますわ、マリオ! はい。総督から借りて来た船長室の鍵ですわ」
そんな心優しい友人に、さらにあざとくカワイらしくもイサベリーナはパァっと顔色を明るくすると、一昨日、自分の仕出かした一件のせいでかけるようになった船長室の鍵を、彼の手の中へ無邪気に握らせた――。
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