第Ⅴ章 無敵の護送船団(5)
「――まだだ! まだ撃つなよコラ! ちゃんと射程圏内に入ってからブチ込んでやりやがれってんだコラ!」
海賊連合内では一番の速さで波間を爆走し、整然と円陣を組む護送船団目がけ突っ込んで行くジーベックのトンガったその船首で、逸る無鉄砲でヤンチャな部下達をフランクリンはドスの利いた声で制する。
「まだだぞ! 焦んじゃねーぞコラ! 早まって撃った野郎はケツバットだからなコラ…」
それでも異様な殺気に満ちた船上の雰囲気に肩のメイスを見せつけ、改めてフランクリンが注意したその時だった。
ドン! という重たい爆発音が静かな夜の海の空気を震わせたかと思うと、ヒュゥゥゥ~…と微かな風切音がどこからともなく聞こえてくる。
「ああん? おい、誰だ? 撃ったやつは……」
その予期せぬ音に最初はこちらが撃ったものと誤認するフランクリンだったが、暗い海の上へ緑色に光る軌跡を描き、何かが高速で飛んで来るのが彼の眼に映る……。
「うおぉぉっ!」
瞬間、ドガァアァァァーン…! と激しい轟音を伴った閃光が夜の海を染めたかと思いきや、それは左舷の脇をかすめ、飛び散る木っ端とともに船は大きく揺すぶられる。
「……なっ……ど、どういうことだコラ? まだまだカノン砲の射程にゃほど遠いはず…」
転びそうになった体をメイスで支え、予想外の出来事に驚いた顔で文句をつけるフランクリンだったが、その間にもド、ドン…と連続した爆音が遠くから木霊し、緑の燐光の軌跡が次々とこちらへ向けて伸びて来る……
それはまるで、暗い海原を獲物へ向けて這う大蛇のようである。
「クソっ! いったいどうなっていやが…うおおおっ!」
その蛍光色をした大蛇達は、時に船近くの水面に大きな水柱を吹き上がらせ、時に獲物へ着弾して船体の部材を方々へと弾き飛ばす。
「…うくっ……なぜだ……なぜ届く? しかも当たってるぞ? カノン砲の有効射程はどんなに長くてもせいぜい6バラ(約500メートル)。この距離ではまだ当たるどころか届きもせんはずだ……もしや、エルドラニアの新兵器か?」
想定外のその事態は他の海賊船でも同様である。村長ヘドリーは着弾に揺れるガレオンの上で驚愕に目を見開き、次々と迫り来る緑の光線を瞬きもせずに見つめる。
ドン! ドドン…! と間髪入れずに夜気を震わす砲撃音と、まるで大蛇の威嚇音の如く、ヒュゥゥ…と不気味に響く飛翔音……その直後、あるいは海水が吹き上がり、あるいは海賊船の一部が緑の燐光とともに弾け飛ぶ。
「うわあっ! ……くそう、また壊れた! これじゃあ、修理代だけで大損害だ! こんなありえない砲撃、詐欺だぞ詐欺! おまえ達、砲弾を受け止めてでも船を守るのだ!」
詐欺師ジョシュアも徐々に乗船を破壊してゆくその常識離れした長距離砲撃に、揺れる上甲板で片メガネのくっ付いた顔に青筋を浮かべ、自分達の身の危険よりも損害額の大きさを気にかけている。
その他、残る船長達の置かれた状況も似たか寄ったかだ。包囲して八方から襲いかかる彼らに対して護送船団は通常のように戦列は組まず、サント・エルスムス号を中心に輪形の陣を維持したまま、各自正面から向かって来る敵を相手に砲撃しているのだ。
予想外の砲撃にさらされたのは、マルク達のレヴィアタン号とて例外ではない……。
……ヒュゥゥゥゥゥ~…という嫌な予感しかしない風切り音の後、ゴィィィィーン…! と腹に響く重低音。
「うおっ! 当たったぞ、おい?」
左舷脇腹に着弾し、鐘を突いたような音を立てる蛍光の弾を見て、リュカが少しビビったように声を上げる。
かろうじて他の船のように破壊されなかったのは、船体を覆う緑青の吹いた鱗状の銅板と、そこにマルクが施したソロモン王の悪魔序列43番・堕落の侯爵サブノックによる要塞化武装の魔術のおかげである。
「ちょっと、どうなってるの? こんな高性能の大砲、見たことも聞いたこともないよ?」
「うーん……威力はカノン砲より低いようだけど、なんだろうね? このバカみたいな射程の長さは? 悪魔の力が込められてはいるけど、そもそもその物にその性質がなきゃ、いくら魔術を使ったところでその効果はたかが知れてるからね。これは実物からして超長射程の新型砲と見ていい……こんなもの積んでるとはほんとビックリだけど、とにかくここは早くこっちの射程圏内に飛び込むしかないね」
錬金術師として火器には詳しいマリアンネも驚きに目を真ん丸くして思わず叫ぶ中、船長マルクもさすがにこの事態は想定外だったらしく、無表情の鉄仮面ながらもどこか唖然とした空気を漂わせ、彼らにできる唯一の対抗策をくぐもった声で呟いた。
「……ええい! ともかく前へ進めえっ! いくら射程が長くとも、こちらも射程圏内まで持ち込めば条件は同じ。こっちにはマゴ・カピタンからもらった命中率の高い悪魔バルバトスの砲弾もある! 今少し踏ん張れば、我らの勝利は目前ぞお!」
相手の新兵器に驚きと恐れを抱きながらも、そこはやはり肝の据わった名だたる海賊達。他の船長達も自分の為すべきことはちゃんとわかっている。
貴族さまベンジャミューもマルクと同じことを口にすると、引き抜いたカットラスを護送船団へ向けてかざし、浮き立つ部下達に檄を飛ばす。
「行け! 行け! 行け! 行けえっ! バリバリに飛ばしやがれコラぁっ!」
フランクリンを始め残りの船長達も、横帆とラテンセイルを駆使して少しでも船の速度を上げるよう各々に工夫し、強大な獲物へ向けて猪突猛進する。
「でも、なんか今夜は向かい風が強いねえ。これじゃ、押し返されるばかりでなかなか前へ進めない。弱り目に祟り目だよ……横帆を畳むんだ! 向かい風でも進めるラテンセイルだけにしておくれ!」
しかし、長い黒髪をなびかせた白シュミーズのジョナタンが眉を「ハ」の字にして嘆く通り、彼らの船には前方からかなりの強風が吹きつけ、なかなか目標へ近づくことができない。
「この風、何かがおかしい……こちらが向かい風ならば、反対側は当然、追い風。にもかかわらず、あちらもやはり向かい風の様子。いや、そればかりか右も左も……まるでヤツらの船を中心に風が吹き出しているかのようだ」
しかも、海賊剣士ジャン・バティストが鋭い眼差しで海上を見回して指摘する通り、向かい風なのはジョナタンや彼の船ばかりでなく、すべての海賊船においてそうなのである。
「ダメだ。ぜんぜん近づけない。こう短時間で不規則に変化する風じゃ、ラテンセイルの操帆も追いつかないじゃないか……他のみんなもそうみたいだし……ああ! 僕のエルドラニア美少年補完計画があぁ!」
感の利くジャン・バティストばかりでなく、その異様な事態は時を置かずして他の船長達にも認識される。
それは、ちょっとピントのズレた心配をしてはいるが、ド変た…もとい、青髭ジルドレアにしても同様である。
「おい、ちょっと待て。潮の流れも何かおかしいぞ? ここら辺は常に新天地へ向けて流れる海流のはず。船団の前方にいるヤツらならそれも当然だが、なぜ後から攻めかかる我らの船まで潮が逆なのだ! おかしいではないか? 風も潮も砲撃も……みんな詐欺だ詐欺!」
不自然なのはそれだけではない。その上、海流までが彼らの船を押し流すかの如く、護送船団を中心にして放射状に流れ出ているのだ。ジョシュアが自分の詐欺行為を棚に上げて文句をつけるのも無理はなかろう。
だが、それでも相手は待ってくれず、そうして不可思議な向かい風と海流に往生している間にも、重く腹に響く砲撃音とともに放たれる無数の砲弾は、宵闇の上に緑の軌跡を描いて間髪入れずに飛んで来る。
「クソう! これではいくらカノン砲の命中率を上げたとて意味ないではないか! こんな不自然な風、エルドラニアの魔法修士の仕業に違いない。
その強風の正体に気づき、何も手を講じないマルクに文句をつける村長ヘドリーのガレオン船をまたしても砲弾が轟音とともに打ち砕く。
少し前までは意気揚々と気負っていた海賊達ではあるが、まさに文字通り手も足も出せぬまま、彼らご自慢の海賊船は緑の大蛇によって食い物にされた――。
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