第Ⅴ章 無敵の護送船団(7)

 再び戻って海賊連合の方では……。


「――うぉっ! また当たった! この船、ほんとにだいじょぶかよ、オイ」


 着水する砲弾の雨に揺れる上甲板で、またも船の脇腹を鐘のように打つ蛍光の弾を見て、一抹の不安を覚えたリュカが眉間に皺を寄せる。


「さっきからぜんぜん前に進んでないネ~っ! 他の船長達の船も一緒ネ~っ!」


「ダメぇ~っ! これ以上無理ぃ~っ! この風も潮も絶対おかしいよ! 風向きは帆を動かすたびに嫌がらせみたく変わるし、潮の流れも自然の海流とは思えないような強さだし、まるで意思を持ってあたし達を近づけないようにしてるみたいぃ~っ!」


 激しい揺れの中でもマストの先端に脚を絡めてしがみつき、器用に望遠鏡を覗く軽業師のような露華の報告に、キホルテスとサウロに指示して帆を操っていたマリアンネは、必死に操舵輪を握りながら言い訳するように強風の中で叫ぶ。


  …と、そこへまたも闇を燐光で切り裂いて敵の砲弾が飛んで来るが……


「オォォォ…!」


 …ゴィィィィーン! と響く、船体に当たったのとはまた違った鈍い衝突音。


「…ひぃっ! ……あ、ありがとう、ゴリアテちゃん」


 その傍らにそびえ立つ彼女のゴーレムが、石のように硬いその腕で砲弾を殴って弾き、危うく体をバラバラにされそうになった主人とその主人の乗る船を無言で守ってくれた。


「噂に聞く〝海運の守護聖人〟さんの仕業だね。海の悪魔を召喚してこの海域を支配したか……彼の腕もさることながら、所持している魔導書の為せる業というやつさ。諸君、見たまえ、この一方的な武力行使を! まさにエルドラニアの魔導書独占による不平等の縮図だね」


 そうして身の危険に晒されながら弱音を吐く船員達を前に、マルクもまるで他人事のようにいつもの無表情な鉄仮面で嘯く。


「なに独りで語ってんだよ! てめーが魔術使えるようにしてりゃあ、こんな苦労しなくてすんだんだろうが!」


「いやあ、あの超長距離射程の新兵器さえなかったら、向こうも魔術で近づけさせないなんてことしなかったろうからね。僕だって知ってれば、ちゃんと魔術的対抗策考えといたさ。嗚呼、魔術を使うことさえままならぬ、今のこの身・・・がうらめしい……」


 そのあまりにも他人事な態度にリュカが悪態を吐いてツッコミを入れると、マルクはそう言って弁明しつつ、とても真剣みの感じられない声で大仰に嘆いてみせる。


「あ、ちなみに〝サブノック〟の魔術武装でとりあえずは防げてるようだけど、これ以上あの弾に当たるとちょっと大丈夫じゃないかも」


「やっぱ大丈夫じゃねえのかよ!?」


「おのれ、卑怯なりエルドラニア! 剣も交えずして勝ち戦を収める気か! ……で、いかがするお頭殿? 何か打つ手はござらんのか?」


 さらに無責任な発言をして、またもリュカに激しくツッコまれる頼りなげな船長ではあるが、今度は全力でラテンセイルの索具を引くドン・キホルテスが、敵のやり口に苛立ちを覚えながら彼に尋ねる。


「うーん、そうだね……よし、ここはひとまず逃げよう!」


「…………はぁ?」×5


 だが、マルクがあっさりと口にしたその一言に、思わず皆、目と口を大きく開いて唖然としてしまう。


「て、敵に背を向けて逃げるでござるか?」


 最初に言葉を返したのは質問したのと同じ、誇り高き騎士として納得いかないという顔のキホルテスだった。


「うん。これ以上の接近は無理そうだし、こうなっちゃもうお手上げだからね。このまま作戦を続行しても全滅するのがオチさ。その前にここは一旦撤収して出直しだ。優れた武人は勇猛果敢に突撃するだけじゃなく、時に戦局を見計らって潔く退くものだよ?」


「ううん……それには確かに一理あるでござるが……」


 しかし、マルクはさも当然と言うように淡々と語り、思い切りがよすぎる感はあるものの、その間違ってはいない理屈にキホルテスも言いくるめられる。


「あのう、他の船長達はどうするんですか? もうかなりやられちゃってるみたいですが……」


 すると、キホルテスとともにラテンセイの索具を引っ張っていたサウロが、誰しも忘れそうになっていたその問題をおそるおそる口にする。


「もちろん撤退の合図は花火で伝えるよ。だが、そこから先は各々の自己責任だ。彼らも自らの意思で海賊なんて稼業をやってるんだからね。それに多かれ少なかれ、いろいろと悪事に手を染めてきた罪深き身の上だ。ここで海の藻屑と消えようと自業自得というものさ」


「ア、悪魔ネ……コノ・・船長、いつも以上に悪魔的な部分が強くなってるヨ……」


 サウロの疑問に答え、これまた淡々と冷酷なことをいう鉄仮面の船長に、マストの上の露華を始め、さすがに団員達も呆れたようにシラけた視線を向けた。


「さ、てなことでマリアンネ、ドカンともう一発派手なのを頼むよ。早ければ早いほど、彼らの助かる確率も上がる。他のみんなは反転して帆の操作だ。今ならこの風と潮を逆手にとって高速で離脱できる。急がないと僕らも海の藻屑だよ?」


「……う、うん。わかった!」


「……お、おうよ! 俺は露華と横帆だ! ラテンセイルは任せた!」


 その刺さるような視線をまるで気にすることもなく、極めて冷静に指示を出す相変わらずの鉄面皮に、団員達も我に返ると俄かに慌ただしく動き始める。


「みんなぁ~っ! 早く逃げてぇぇ~っ!」


 キホルテスとサウロがラテンセイルを操り、マストに登った露華と甲板にいるリュカで横帆の向きを急いで変える中、叫ぶマリアンネの打ち上げた美しい花火が、強風に煽られながらもドドーン! と再び闇に花開いた――。




 だが、その撤退の合図は最早、時すでに遅しだった……。


「――撤退だと? こんなに船をシバかれちゃ、もう今さらだってんだよ! ええい構わねえ! いい加減、こっちも撃ち返してやれやコラっ!」


「おうよ! アニキ! 食らいやがれエルドラニア野郎っ!」


 このやられっぱなしの状況に我慢がならず、業を煮やしたフランクリンは撤退信号をシカトすると、まだ最大射程圏内でもないというのに船首にあるカノン砲を躊躇いなくブっ放す。

 

 ……が、無論、それは遥か手前でポシャン…と海中に没し、ただの無駄弾に終わるだけである。


「だ、ダメだ! アニキ~っ! もう船が持たね~! うわぁぁっ…!」


 対して完全に有効射程圏内にある相手の弾は、フランクリンの神経を逆撫でするかのようになおもドカドカと容赦なく浴びせかけられ、ただただ的になるだけの海賊船はスクラップ寸前である。


「このクソったれがあっ! 悪龍フランクリンをなめんなよゴラぁっ!」


 再び聞こえるヒュゥゥゥゥゥ~…という風切り音に、ついにブチ切れたヤンキー海賊は自慢のメイスを振りかぶって思いっ切り砲弾を打ち返す。


 ガキィィィーンっ…! と鳴り響く小気味の良いヒット音。


「うごっ…」


 が、そのようなこと生身の人間にできるわけもなく、メイスを弾き飛ばした砲弾はそのまま上甲板のど真ん中へ命中し、すでにボロボロだった彼の船をドオォォォォーン…! と木っ端微塵に吹き飛ばした――。




「――フン!」


 一方、キュィィィィーン…! という奇妙な金属音を鳴らした後、船を外して海の中へドボン…と水没する飛来した砲弾……。


 さすがは新天地一と謳われた剣の達人。驚くことにもジャン・バティストは、スラリ…と引き抜いたレイピアの細い刃で砲弾の脇をかすめ、わずかにその軌道を逸らせると船への着弾を免れている。


「…なっ! 二発同時…」


 だが、そんな神業的芸当を持ってしても剣で大砲とやりあうのには限界があり、続けざまに飛んで来た二発目の砲弾が、ドオォォォーン…! と船尾楼を吹き飛ばして爆破炎上する――。




「――クソっ! これでは話がぜんぜん違うではないか? 魔術師船長マゴ・カピタンに騙された! あの詐欺師めが!」


「――ああ、なんてことだ……巨額の財をつぎ込んた我が超豪華ガレオンがこのような姿に……貴族として、こんなみすぼらしい恰好とても耐えられん……」


「――ハァ……こんなことになるんなら、あっちの一番高いスーツを着てくればよかった……いや、向こうの方がいいかな? そうだ、帽子もあれの方が全体に引き締まるよな……」


「――ダメだ。もう船が持たない……せめて、せめて最後は美少年の手でとどめの一撃をお!」


「やはり、無敵を誇るエルドラニアの護送船団を相手にするなど、どだい無理な話だったのだ……埋蔵金の話に目が眩んで判断を間違えたな……いつの日にか、誇り高きアングラント海軍が我れらのかたきをとってくれることを切に望まん……」


 その他、残るジュシュア、ベンジャミュー、ジョナタン、ジルドレア、ヘドリーの船も、このあまりにも不公平な砲撃戦の前に次々と大破炎上しゆく……


 こうして、マルクの上げた撤退信号も間に合わぬまま、手も足も出せぬ海賊連合は虚しく夜の大海の上に散っていった――。 

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