第Ⅴ章 無敵の護送船団(2)
「――てなわけで、俺達は禁書の秘鍵団とは縁もゆかりもねえんですよお」
「傘下どころか手下でもありゃしません。パシリもパシリ、使いっパシリもいいところっす」
「あっしらはそのバケモノみてえに強え花売りの娘に脅されて、仕方なく悪事の片棒を担がされていたわけなんでさあ」
数分後、床に正座した三人は先刻の強気な発言とは一転、少女にコテンパンにされた恥ずかしいエピソードも含め、すべてを包み隠さず、あっさりとハーソン達に吐いていた。
「幼い顔して拳法の達人な上に、小柄なロリ体型には似合わねえ、かなりの巨乳ちゃんでしたぜ? ヘヘヘ…」
「その花売り、胸のサイズは少々異なるが、おそらくは陳露華だろう……では、その娘にこの要塞の様子を探って来るよう言われたんだな?」
下卑た笑みを浮かべてその人物像を語るリューフェスに、副団長アウグストは淡々とセクハラな疑問を呟きながら、肝心なところを彼らに聞き返す。
「へえ、その通りで。要塞に駐留している兵の数や港に停泊している船の数、それに城壁の崩れている箇所や補修中の箇所を調べて、明日の夕刻までに伝えるよう言われたんでさあ。でないとタコ殴りに殴ってから海に沈めてサメの餌にすると……」
「我らがここにいると知って動向を探りに来たか。護送船団に我らまで加われば、いくら海賊が徒党を組もうとも、ヤツらに勝ち目はありませんからな」
「妙だな。動向を探るだけなら、なぜ要塞の状態まで知る必要がある? おまえ達、その花売りはなぜそのようなことをさせるのか理由は言っていなかったか?」
リューフェスに替わってヒューゴーの語る話にアウグストは納得した様子で頷くが、何か気になることでもあるのか? ハーソンは難しい顔をしてまたも彼らを詰問する。
「いえ何も。俺達はすぐ口を割りそうだと何も教えてくれやせんでした。それでも訊こうとしたら、あの小娘、また俺達をグーパンチでボコボコに……」
「ヤツら自身ではなく、こんなチンピラを雇って寄こしたのも気になりますね。まあ、護送船団襲撃の準備で人手が足りなかったのかもしれないですが」
花売り娘の折檻を思い出し ハーソンに答えたテリー・キャットが涙目になるのを見下ろしながら、竪琴を抱えたオルペも訝し気な顔で小首を傾げる。
「ふうむ……メデイア、このオクサマ要塞にも魔導書はあったな?」
「え? ……はい。『大奥義書』のような大物はないですが、何冊かは所持しているものかと……って、まさか!?」
オルペの言葉に、ますます疑念を深めたハーソンがメデイアに尋ねると、彼女は訳のわからぬまま答えた後でその質問の真意を理解して声を上げた。
「ああ、その通りだ。ヤツらの狙いは護送船団の運ぶ『大奥義書』じゃない。そっちはフェイクで、本当の狙いはここにある魔導書だ」
「そうか! それでこいつらにここの戦力や城壁の弱点まで調べさせていたわけだ!」
「自分達で探りに来なかったのも、こちらにそれほど注意を向けていないと思わせるための小細工だったかもしれませんな。ま、こうも簡単に捕まって、あっさり口を割るとは想定外だったようですがな」
メデイアの予想通り、そんな推理を展開するハーソンにオルペやアウグストも目から鱗といった様子でポンと手を叩いて頷く。
「ですが、それならば、ヤツらはなぜエルドラニアに姿を現したのでしょう? この要塞を
「いや、それこそが『大奥義書』が狙いだと信じ込ませるための壮大な目晦ましだったのやもしれん。新天地における我らの拠点がこのオクサマ要塞であることは周知の事実……襲撃する際に我らにいられては都合が悪いですからな。我らが本国に帰っていたことはどうやら知らない様子であったが、ヤツらが護送船団を襲うと知れば、たとえこの地に寄港していたとしても、我らは船団の援護のため、確実に要塞を留守にいたしまする」
「確かに。我が鳥占いでも今回のヤツらの動きには、何やら深い霧に覆われた企みが隠されていると出ておりました」
他方、偶然、ガウディールの港で彼らと遭遇した出来事を思い出し、ハーソンの推理を反証するプロスペロモだったが、それにはさらにアスキュールが反論を口にし、古代異教の鳥占いをする修道士イシドローモ・デ・アルゴルタも形而上学的な理由で賛同の意を示す。
「決まりだな……アウグスト! 守備隊に言って迎撃の準備だ。要塞を固めるだけでなく、サント・ミゲル駐留艦隊も出せるようにしてもらえ。我らも一緒に出て、陸と海から挟み撃ちにしてやる」
「ハッ! 直ちに!」
結論が出たところで、ハーソンが副官アウグストに指示を出すと、彼はきびきびとした足取りで颯爽とマントを翻して食堂を後にして行く。
「こいつらの話からして、おそらく襲撃は明日の夜以降だろうが念のためだ。ティビアス、幾人か小舟で哨戒に出しておけ。メデイアは要塞の魔術的防衛の施設だ」
「アイアイサー! アルゴナウタイに戻ったら弾薬の確認もさせておくぜ」
「はい。駐留艦隊の方にも施しておきます」
続くハーソンの命令にティビアスとメデイアも動きだし、他の団員達も食事を切り上げて俄かにその場は慌ただしくなり始める。
「あ、あのう……知ってることは全部話しましたんで、俺達はもう無罪放免で?」
「他に御用がなければ、お忙しいようですし、そろそろお暇してえんですが……」
「それで、先程おっしゃっていたご褒美というのもついでにいただければと……」
そうして騎士団員達が騒然とする中、空気読めてなさすぎにもヒューゴー、テリー・キャット、リューフェスの三人がおそるおそるハーソンに声をかける。
「……ん? ああ、そうだったな。約束通り、話してくれた礼に褒美をくれてやる」
「ほ、ほんとっすか! や、やった! やったぜ、おい!」
最早、眼中になかった彼らの方を振り返り、忘れていたとばかりに微かな笑みを浮かべながら答えるハーソンに、お互い顔を見合わせて喜びの声を上げる三人だったが……。
「海賊の手下にはふさわしい、刑罰という名の褒美をな。パウロス、こいつらを牢にぶち込んでおけ。どうせ諸々の罪で縛り首だろうが、一応、裁判にかけるからまだ殺すなよ」
彼は不意に真顔へ戻ると冷徹な声でそう告げ、三人を連れて来たパウロスに後の処理を託す。
「チッ…なんだ、お預けかよ……仕方ねえなぁ。おい! とっとと歩きやがれ! 早くしねえと縛り首の前にぶっ殺すぞ!」
「ええっ? そ、そんな、話が違うじゃねえかよおっ!」
「詐欺だ! 詐欺だ! お上が詐欺をはたらいていいのかあっ!」
「チキショーっ! う、訴えてやるぅぅぅ~っ!」
パウロスは残念そうに舌打ちしながらも三人の縄を引っ張り、天国から地獄へと突き落されたダッグ・ファミリーは騒がしく文句を叫びながら人混みの中を引っ立てられて行く。
「なかなか考えたな、
そんな小者達の戯言など耳に入ることすらなく、わずか数分前とは一変して喧騒と殺気の支配する食堂の中央に立つドン・ハーソン・デ・テッサリオは、遠く離れた宿敵に向けて勝ち誇ったように口元を歪めた――。
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