第Ⅴ章 無敵の護送船団

第Ⅴ章 無敵の護送船団(1)

 翌日の夜、ヌエバ・エルドラーニャ島の主要都市サント・ミゲルを防衛するオクサマ要塞の食堂……。


「――トリニティーガーに放った密偵からの報告はどうだ?」


 皿に盛られた鶏肉の丸焼きをナイフで上品に切り分けながら、ハーソンがいつもの如く淡々とした口調で尋ねる。


「何やら船長カピタンマルクの接触した大物海賊達が慌ただしく出航の準備をしているとのこと。どうやら戦力差を埋めるために徒党を組んで護送船団を襲う気のようですな……モグモグ…」


 その問いに、テーブルの正面上座に座るハーソンに対して右列一番目にいる副団長のアウグスト・デ・イオルコが、むしったパンを頬張りながら、きわめて事務的な口調で報告する。


「そうきたか……では明後日辺り、この島嶼海域に入ったところを総出で奇襲する算段だろう。引き続き、ヤツらの動きを見張るよう言ってくれ。ただし、禁書の秘鍵団の船にはあまり近づくな。魔術師船長マゴ・カピタンの使い魔に気取られかねんからな」


「ハッ。密偵にはよく注意しておきます…」


「ガーハッハッハッハッ、海賊討伐の前祝だ! こんなもんじゃぜんぜん足りん。もっとドンドンと酒を持ってこーい!」


 重大な情報を耳にしても平然と鶏肉を口に運びながら指示を出すハーソンに、やはり事務的な態度で返事をするアウグストだったが、その声を遮るかのように野太い高笑いが白い漆喰の壁に響き渡る。


 祖先である北海を荒らし回ったいにしえの大海賊ヴィキンガーを髣髴させるかの如く、木製の大ジョッキで豪快に赤ワインを煽る大柄な航海士ティビアス・ヴィオディーンだ。


「ティビアス。任務の前じゃ。あまり羽目を外すでないぞ? それに飲みすぎは体に毒じゃ」


「………………」


 すでに宴会気分のそんなティビアスに、アウグストのとなりに座る船医アスキュール・ド・ペレスが難しい顔で苦言を呈し、アウグストの対面、左列一番目の席につくメデイアも、静かにグラスを傾けながら、シラけた眼差しをベールの下から航海士の巨体に向ける。


「なあに、こんくれえの酒、俺にとっちゃあ水みたいなもんだ。もっと飲まなきゃ、逆に任務に支障をきたすってもんだぜ。そうだ、オルペ! いつもの調子で酒の肴に何か一曲やってくれよ。海賊退治におあつらえのやつをな」


 だが、ティビアスは改めるどころか開き直った発言をすると、ますます宴会気分を盛り上がらせて、もと吟遊詩人のオルペ・デ・トラシアにお得意の歌を催促する。


「では、お粗末ながら……今宵は怪物ゴルゴン三姉妹の一人メデューサを倒した英雄ペルセウスを讃える我がオリジナル曲『ゴルゴン・ナイト』をば披露いたしましょう……」


 すると、仲間の依頼にポロン、ポロン…と、携えている竪琴を流れるような指使いで優雅にかなで、オルペは自作の英雄詩をさすがプロという声色で厳かに歌い始める。


「ゴ~ゴナイ、ゴ~ゴナイ、ゴ~ゴナイ、今宵~…♪」


 そんな吟遊詩人のどこか憂いを帯びた美しい声と竪琴の調べに、ティビアスだけでなく、ハーソンやアウグスト、それに注意したアスキュールやメデイアまでをも含めた団員達は皆、各々料理と酒を口に運びながら、ついつい職務も忘れてうっとりと聞き入った。


 オルペのうたと蝋燭の温かな炎色に染められた食堂内には、巡視の任につく者を除くほとんどの騎士団員達が武装したまま夕食をとっている……


 護送船団が襲われるとすれば、おそらくは地の利のあるこのエルドラーニャ島周辺の海域であろうと踏んだハーソンは、彼らの拠点でもあるこの要塞に寄港して、海賊達の来訪を今や遅しと待ち構えていたのである。


「団長! 外を変な野郎どもがうろついてたんで捕まえて来たぜ」


 と、その時、過酷な任務の束の間に訪れたその穏やかな一時を、突然、何者かの乱暴に開いたドアの音とガサツな声がぶち壊す。


「なんか、コソコソと城壁の周りを嗅ぎ廻っててよう。ま、見るからに大した悪党じゃなさそうだが……」


 オルペの演奏が不意に途切れる中、皆が入口の方を振り返ると、それは肩に愛用の短い槍を担ぎ、黒髪をオールバックに背後で束ねた褐色の目つきの悪い男――騎士団でも一、二の人相の悪さを誇る槍の名手、パウロス・デ・エヘーニャである。


「おい、とっとと入らんか!」


「は、放せっ! 俺達がなにしたってんだよお!」


 その後ろからは、パウロスとともに巡視をしていた部下の騎士団員二名が、縄で縛られた三名の小汚い男達を小突くようにして入って来る。


「お、押すなよ! 押すなって、押すな…あうっ! い、痛てててて!」


「…………なんだ、こいつらは?」


 団員に押され、芋虫のように冷たい石の床へ放り出されたノッポとマッチョとボイナ(※ベレー帽)を被った小太りのその野郎三人を、ハーソンはテーブルについたまま訝しげに見つめる。


「お、俺達はなんにもしちゃいねえ! た、ただ……ちょっと夜の散歩をしていただけだ!」


「そ、そうだ! なのに、いきなりこんな縛りやがって……う、訴えてやる!」


「んなわけあるか! こんな夜中に要塞の周りを散歩するやつがどこにいやがる? おい、嘘も大概にしろよ、このクズどもが!」


 離れた位置のハーソンを地べたから窮屈な体勢のまま見上げ、喚くように無実を主張する野郎三人だったが、その明らかに嘘くさい言い分にパウロスは聞く耳を持たず怒鳴りつける。


「このオクサマ要塞を探っていたわけか……どこの手のものだ? フランクルか? それともアングラントか?」


「団長、一人殺っちまってもいいか? そうすりゃ嫌でも話したくなるってもんだぜ」


 彼らが敵国の密偵であると考えたハーソンが尋ねると、パウロスは手にした槍の穂先を小太りのやつの鼻先に突きつけ、ハーソンに残忍な取り調べの許可を乞う。


「ひいぃぃっ! わ、わかった! 言うよ! 正直に言うから許してくれえ!」


 すると、間近に迫る白刃の輝きを寄り目で見つめ、ヘタレにも小太りはあっさりと口を割る気になる。


「け、けど、俺達をあまり乱暴に扱わない方がいいぞ! 俺達はビッグだからな!」 


「そ、そうだ! 俺達の名前聞いたら、きっと震え上がってちびっちまうぞ!」


「聞いて驚くな? いいか? よーく耳をかっぽじって覚悟して聞きな。俺達はな、何を隠そう、かの有名な泣く子も黙るダッグ・ファミリーだ!」


 それでも、どうにかしてこの場を逃れようと小太りは無駄に虚勢を張り、続いてマッチョも地べたに転がされた状態のまま威しをかけると、やはり無様な格好のノッポがもったいつけながら名乗りを上げた。


「………………」


 だが、その聞いたこともないギャングのファミリーネームに、そこにいる者達は全員ポカン顔で食堂内はシーン…と静まり返る。


「……まるで聞かん名だな。ただの小者か」


「団長、そんなら取り調べるのも面倒くせえ。とりあえず後腐れのねえよう、全員始末しときましょうぜ?」


 彼ら小者のチンピラ三人――ヒューゴー、テリー・キャット、リューフェスの予想に反し、その名を聞いてもハーソン達の反応は薄く、パウロスは最早取り調べる気もなくしたのか、手にした槍を小太りなリューフェスの頭上に振り上げている。


「わあああっ! ま、待ってくれ! そ、それだけじゃねえんだ! 俺達のバックにはな、もっとスゲー超大物の海賊がついてるんだよ!」


 逃れるどころか、むしろ悪化するばかりのその事態に、リューフェスは慌ててパウロスを制すると、苦し紛れにそんなことを口走った。


「大物の海賊? ……何者だ、そいつは?」


 すると、〝大物海賊〟という言葉にはハーソンも多少なりと興味を示し、細めた碧い眼で三人の小汚いチンピラ達を値踏みするかのように見つめる。


「こ、今度こそ聞いて驚くな? 俺達はなあ、一流の船長達ですら一目置き、そんじゃそこらの海賊なんざ目にしただけでも震え上がる、恐れ多くもかの悪名高き、魔術師船長マゴ・カピタン率いる〝禁書の秘鍵団〟から仕事を任されてんだぞ?」


「なんだと?」


 ここで出るとは思いもしなかったその名前に、ハーソン達の顔は俄かに厳しくなり、食堂内の空気は一瞬にしてピンと張り詰めたものに変わる。


「貴様、それはまことの話か?」


「……お、驚いたようだな……ああ、まこともまこと、大まことよ。もう俺達もその傘下の一味と言って過言じゃあねえ。さあ、そうとわかったんだったら、とっととこの縄を解きやがれ! でないと魔術師船長マゴ・カピタンの魔法で呪いを…あひいっ!」


 別の意味で驚くハーソン達を見て、今度はその予想以上の反応に自分達がイニシアチブを握ったと勘違いするリューフェスだったが、ようやく席を立って近づいて来たハーソンに胸ぐらを掴まれ、突然、詰る息に思わずスットンキョウな声を上げてしまう。


「ほう……その話、じっくりと聞かせてもらおうか。パウロスの槍が欲しくなかったら、包み隠さず全部正直に話すことだな」


「ヘヘヘ、俺としちゃあ口を噤んで、槍を欲しがってくれる方がうれしいんだけどな」


 言葉遣いは穏やかながらも、据わった眼に照明の赤い炎を映して尋ねるマジなハーソンに、槍の穂先を舌舐めずりパウロスばかりか、そこにいる者全員が椅子から立ち上がり、腰の剣に手をかけて哀れなチンピラ三人を一同に威嚇する。


「ひっ……あ、あんた達はいったい……」


「な、なんかヤバイぞ? こいつら、ただの要塞の警備兵じゃねえ……」


「そ、そういえば、その白いサーコートに描かれた羊の角の紋章……も、もしかして、あんた達は……」


 ここに至り、やっと自分達が墓穴を掘っていたことを自覚するリューフェス、テリー・キャット、ヒューゴーの三人だったが、あれほど自慢げに語ってしまっては最早、後の祭りである。


「左様。我らは海賊退治を専らとする白金の羊角騎士団だ。現在、その禁書の秘鍵団の討伐を目的として行動している。どうだ? 我らの任務に協力してくれないか? 素直に話せば褒美をやらんこともないぞ?」


「へ、へい、もちろんでさあ、旦那……」


「あっしらの知ってることならなんなりと……」


「俺達はいつだってエルドラニアさまの味方でございまさあ、へえ……」


 改めて威圧感のある声で尋ねるハーソンと、その背後に控える高名な精鋭海賊狩り部隊の面々に、ダック・ファミリーは手のひらを返したようにゴマを摺りだした――。


※挿絵

オルペ・デ・トラシア

https://kakuyomu.jp/users/HiranakaNagon/news/16818023212735305788


ティヴィアス・ヴィオディーン

https://kakuyomu.jp/users/HiranakaNagon/news/16818023212816053147


パウロス・デ・エヘーニャ

https://kakuyomu.jp/users/HiranakaNagon/news/16818023213067803675

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