第Ⅴ章 無敵の護送船団(3)

 さらにその翌日、深夜。


 ハーソン達、白金の羊角騎士団がオクサマ要塞の守りを固めているその頃、新天地の入口にさしかかる太洋上では……。


「――水平線上に複数の船影ヲ確認ネ~っ!」


 十四夜の月に照らされた遥か彼方の水平線を望遠鏡で眺め、フォアマストの頂に登った陳露華が足下の仲間達に向かって叫ぶ。


「ふぁあ~あ……ようやく来やがったか。待ちくたびれて寝るとこだったぜ」


「ってか、リュカちゃん完全に寝てたじゃん。襲撃前だってのによく暢気に寝れてられるね?」


 露華の声に、上甲板で寝っ転がっていたリュカが大あくびと背伸びを同時にしながら起き上がると、傍らに立つマリアンネが呆れた様子で眺めながら呟く。


 その背後には蒼白い月光に大きな影を甲板上に引いて、彼女のゴーレム〝ゴリアテ〟もその巨体を覗かせている。


「いよいよでござるな。エルドラニアの誇るヒッポカムポス艦隊、相手にとって不足なし!」


「旦那さま、あくまで狙いは『大奥義書』ですからね? 戦いが目的でないことを忘れないでくださいよ?」


 また、リュカの手前では目を輝かせた甲冑姿のキホルテスが腰に手を当てて船首に立ち、そんな彼をいつもの如く、従者のサウロが困った顔で諫言している。


「役者は揃ったね。それじゃあ、出演者は立ち位置に移動してもらおうか……」


 そして、彼ら団員の背後、メインマストを背にして置かれた椅子の上には、不気味な鉄仮面を着けた船長マルク・デ・スファラニアが、月夜の大海を俯瞰するようにして腰かけていた。


「露華、他のみんなの船はどう?」


 マルクは鉄仮面を頭上へ向けることもなく、真っ直ぐ前方を見据えたまま、相変わらず見てくれとは裏腹な砕けた口調で露華に尋ねる。


「みんなも気づいたらしく、所定の位置へ動き始めてるネ~っ!」


 言われるまでもなく、すでに確認をしている露華の望遠鏡には、水平線を登り来る艦隊の影に向けて、左右から挟み込むようにして近づく豆粒大の黒い点が見える。


 それは黒いだけでなく、点けている照明のためにチラチラとオレンジ色の光も明滅している……。


 その点の正体は無論のこと、マルク達が手を組んだ名だたる海賊達の船だ。


 構成はガレオン4のジーベック2、それにフリゲート1の計7隻。


 船の構造上、大砲は主に弦側に設置されているため、船を縦一列に並べて戦列を組み、敵に向けて一斉砲撃を喰らわすのが艦隊戦の常套手段であるが、砲門数では圧倒的に有利な護送船団にそれをさせないよう、この7隻+レヴィアタン号1隻で円形に囲み、八方から攻撃を仕掛ける作戦なのだ。


「でも、ヒツジさん達の方は本当に大丈夫なの? まさか、こっちの策略がバレて後から突かれるなんてことは……」


 全艦が配置につくのを待つ間、少々不安げな面持ちで振り返るとマリアンネが尋ねる。


「なあに、心配はいらない。頭の回るドン・ハーソンのことだ。だが、それゆえにきっとこちらの策略通り、僕らがオクサマ要塞を襲撃すると深読みしてくれてることだろうさ」


「お頭~っ! 全員配置についたみたいネ~っ!」


 そんな不安要素を口にするマリアンネに自信満々な様子でマルクが答えたちょうどその時、まるでパーティーの準備でも整え終えたかのように、マスト上の露華が明るい声を張りあげて彼らへと手を振る。


「よし。では、お待ちかねのパーティーの始まりといこうじゃないか……マリアンネ、合図のシャンパンを頼む」


「了解。んじゃ、ヒツジさん達のことはとりあえず忘れて、今夜はパ~っと派手に行くよ~! 点火ぁっ!」


 マルクの言葉にマリアンネも安心すると、上甲板中央に設置された〝臼砲〟という砲身の短い臼のような形をした榴弾砲へ近付き、彼女の発明した例の〝ライター〟で火門の火薬入り羽ペンに火を点ける。


 瞬間、真上を向く砲口からドン! と放たれたその弾は、風を切る甲高い音をヒュゥゥゥゥ~…と口笛の如く響かせた後、遥か上空の宵闇にドドーン! と大輪の花を見事に咲かせた。


「玉屋ぁぁぁ~ネ!」


「ハナちゃんに聞いた辰国の花火っての作ってみたけど、初めてにしてはうまくできたかな?」


 その夜空に咲いた光の花をマストの上で見上げ、露華は口に手を当てて弾むようなかけ声を口にすると、マリアンネは自画自賛しながら満足げに微笑みを浮かべた――。




 無論、そのかねてよりの決め事である花火の信号は、各海賊船の船長達にも確認されていた。


「――おうし。合図だ。おめーら! エルドラニアの無敵艦隊とケンカ祭りだ! 気合入れていくぞコラッ!」


「おおーっ!」


 赤いドラゴンを帆に描く黒いジーベックから花火を見上げ、〝悪龍〟フランクリン・ドラコは肩に担いだメイスで威嚇しながら、彼同様ヤンチャくれな風貌をした部下達に気合を入れる。


「来たか……敵艦に向け全速前進! 左舷全砲門、発射準備!」


 対して〝海賊剣士〟ジャン・バティスト・ドローヌは、極めて簡潔に落ち着き払った声で指示を下し、彼の性格を現したような実用的で無骨なフリゲート艦を静かに進め始める。


「世界最強の艦隊を相手にするのだからな。それ相応の豪勢な戦にせねばならぬ。弾薬は惜しむな? 歴史に残る壮大な海戦とするのだ」


 性格を表しているといえば、こちらもその人物の通りの豪勢な装飾の施されたガレオン船に乗る〝貴族さま〟ことベンジャミュー・ブラックバードは、高貴な者を気取った振る舞いで配下の海賊達に訓示を垂れる。


「弾薬は惜しめよ! 大砲も鉄砲も必要最低限だけ使うのだ! ああ、ダメだ。あれだけの艦隊を相手するとなると、やはり今月は予算以上の大出費だ……」


 逆に〝詐欺師〟のジョシュア・ホークヤードは神経質そうに東方の計算機〝そろばん〟を弾きながら、大枚はたいて人の信頼を得るためだけに買った大型ガレオン船の上で、その人となりを裏切らないケチ臭い指示を出している。


「うーん……やっぱりあっちのシュミーズの方がシルエットかっこよかったかなあ? そこの君、どう? この晴れの舞台にこの衣装似合ってると思う?」


「え、ええ。よろしいかと……というか、戦闘始まりますよ?」


 また、オシャレな島嶼巡りクルージングに最適なジーベックに乗る〝白シュミーズ〟のジョナタン・キャラコムは、今日も白一色の男伊達な衣装に身を固め、この状況には不似合いな、ほんとどうでもいい質問で部下を困らせている。


「ユー達、お宝の略奪も大事だけど、もし敵艦にカワイイ顔の少年少女が乗っていたら生け捕りにするように…否! そっちの方が最重要だ! いいね? わかったね?」


「は、はあ……」


 変た…もとい、〝青髭〟ことジルドレア・サッチャーは、広いステージのようなガレオンの上甲板に居並ぶ彼好みのカワイらしい童顔の美青年海賊団員達に対して、いつものことながら危険なことを言っている。


「どいつもこいつも自己中で個性が強いからなあ……うまく連携が組めるかどうか非常に心配だが、始まってしまったものは仕方ない。ここは運を天に任せて、魔術師船長マゴ・カピタンの作戦通りいくしかないの……総員、戦闘準備だ!」


 そうして、彼らの中では一番社会適合性のある〝村長〟ヘドリー・モンマスが乗船のアングラント製ガレオンの船首に立って嘆く通り、見てくれも性格も趣味趣向もてんでバラバラな海賊達であるが、今宵ばかりは共通の同じ目標に向かって、じりじりとその包囲の輪をカノン砲射程圏内まで狭めてゆく――。

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