第Ⅲ章 船上の宗教談義(2)
「――ドン・ハーソン・デ・テッサリオ。神と預言皇、そして、神聖イスカンドリア帝国皇帝の名において、我、汝を
ウィトルスリア地方・イスカンドリーアの町にある預言皇庁のサント・ケファーロ大聖堂で、大勢の諸侯や高位聖職者達の見守る中、皇帝の王冠を戴いた正装のエルドラニア国王カルロマグノ一世が、跪くハーソンの肩を〝フラガラッハ〟の刃先で三回叩いてから叙任の言葉を口にする。
なぜ、エルドラニア王国ではなく預言皇庁で叙任式が行われるかといえば、白金の羊角騎士団がもともと護教のための騎士団であるという理由もあるが、この若き聡明そうな顔をした美男子の王がエルドラニアだけでなく、預言皇に任命権のある神聖イスカンドリア帝国皇帝も兼任しているからだ。
神聖イスカンドリア帝国――それは南のウィトルスリア地方と北のガルマーナ地方に跨る、古代の大帝国イスカンドリアの旧地に存在する領邦国家(※公国のような小国)や自治都市の連合体であり、カルロマグノ一世が皇帝に選出されたのは、その帝位を世襲してきたハビヒツブルク家の出身であったためである。
これによりエルドラニア国王は発見した新天地に加え、エウロパ世界でも広大な領土を所有することとなり、エルドラニアが〝帝国〟を称するようになったのも、まさに彼の皇帝即位からのことだ。
ちなみに帝位における名は、イスカンドリア語で歴代皇帝から数えるためにカロルスマグヌス5世となる。
「ハハッ!
そのイスカンドリア帝国の伝説にもとづく騎士称号と、エルドラニア王国所属の騎士団長の職を与えられたハーソンは、両手でうやうやしく自らの剣を受け取りながら、忠誠を誓う伝統的な文言を王に述べる。
すると、周りを取り囲む列席者の間からは大きな歓声が沸き起こり、フラスコ画や大理石の彫像で飾られたドーム状の聖堂内を、なおいっそう荘厳するかの如く響き渡った。
「ドン・ハーソン、そちの働きは以前より聞き及んでおる。この後も神と教会のため、その職務に励むよう心掛けよ」
そのざわめきが収まるのを待ち、皇帝の背後で豪勢な金色の玉座に座る人物が口を開く。
白い礼服に〝神の眼差し〟の描かれた宝冠をかぶり、手にも同じく神の眼の錫杖を持ったその老人は本名をジュルアーノ・デ・メディカーメン、現在の預言皇レオポルドゥス十世である。
「昨今はビーブリストどもが蠅のように湧いてうっとおしいからの。一刻も早くあの悪魔の手先どもを一人残らず地獄へ落し、この世に正しき神の教えを取り戻すのだ」
人当りのよさそうな青年皇帝とは対照的に、ナマズのような口髭と顎鬚を生やした狡猾で悪どい顔をした初老預言皇は、噂に聞くハーソンの戦働きに自身の欲望実現の期待をかける。
「そして、その後は無論、アスラーマの異教徒どもだ。かつての〝神の眼差し軍〟よろしく聖地ヒエロ・シャーロムを取り戻し、再び異教徒より聖地を奪還した神の使徒として歴史に名を刻むのだ! やはり神に仕える者としては、それくらいの大望を抱かんとのう、ハハハハハ!」
「預言皇、羊角騎士団はエルドラニアにとっても大事な精鋭部隊。独り占めは困りますよ? ドン・ハーソンには海賊討伐に活躍してもらい、新天地からもたらされる我が帝国の権益を守ってもらわないと」
そんな今なお欲望減退せぬ宗教界の最高権威に、俗世界の若き王は涼しげな微笑みを湛えながら、それとは裏腹な強い叛意を言葉に秘めて釘を刺す。
「フン。わかっておるわ。だが、本来、羊角騎士団は異端討伐のために結成されたもの。それに神聖イスカンドリア帝国最強の騎士――
「そのお金はどうするんです? アスラーマへの遠征となると莫大な費用がかかりますよ? ただでさえ、ビーブリストの反乱鎮圧で費用がかさんでいるんですから」
それでも屁理屈で自身の野望を正当化する預言皇に、皇帝は少々呆れ気味に片肘を突き、霊的な最高権力者にも臆することなく現実的な問題を突きつける。
「なあに、また〝贖罪符〟でも大量に刷って配ればよい。今回は異端討伐ということで多少色を付けた値段での。堕落した今の世には罪を犯している者が多いからのう。すぐに軍資金が山ほど集まるわい。ハーハハハハ!」
「はあ、左様ですか……フゥ…ま、そういうことなんで、いろいろ忙しくなると思うけど、よろしく頼むよ」
「ハハッ!」
神の力による贖罪すら自身の野望の道具とする預言皇の因業さに、皇帝はやれやれという様子で溜息を吐き、身じろぎもせずに跪くハーソンへ労いの言葉をかけた――。
※挿絵
皇帝カルロマグノ一世
https://kakuyomu.jp/users/HiranakaNagon/news/16818023212299983828
預言皇レオポルドス十世
https://kakuyomu.jp/users/HiranakaNagon/news/16818023212358889923
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