第Ⅲ章 船上の宗教談義
第Ⅲ章 船上の宗教談義(1)
エルドラニア本国・ガウディールの港を出航してから四日目。
禁書の秘鍵団のレヴィアタン・デル・パライソ号を追う形で新天地へと向かう、白金の羊角騎士団のアルゴナウタイ号では……。
「…………メデイアか」
「はい」
羊の巻角を持つ黄金の女神像がそびえる舳先に立って、どこまでも続く大空と、海以外には何も見えない太洋の景色を眺めていたハーソンに、音もなく背後からメデイアが近づいた。
「どうだ? ヤツらの所在はわかったか?」
今日の海はいたって穏やかであり、日の光を波に照り返す銀色の船の上、暖かな海風に白いマントを翻しながら、ハーソンは顔だけを後に向けてメデイアに尋ねる。
「いえ、詳しいことまでは……いろいろ試してみましたが、やはり魔術的防衛を施している影響でしょう。占いの結果がどうにもぼやけます。ただ、トリニティーガー島へ向かっていることだけは確かだと……」
「そうか……とりあえず追いかけてはみたが、ただでさえ足の速いあの船だ。その上、姿を眩ます魔術をかけているとなれば、洋上でヤツらを補足するのは難しいだろう。たとえ盗賊逮捕に有益なソロモン王の悪魔序列70番セエレと、72番アンドロマリウスの力を宿しているこのアルゴナウタイ号でもな」
顔にかかるベールの裏で目を伏せて静かに答えるメデイアに、ハーソンは特に残念がる様子もなく、その返答を予期していたかのように淡々と語る。
「しかし、トリニティーガーに逃げ込まれては少々厄介だな。海賊どもに占拠されたあの島は大艦隊でも落とすのは至難の業だ……が、大きな得物を前にして、このままヤツが手を退くとは思えん。どんな策を弄するつもりか知らんが、必ずや
そして、顔を戻すと大海原の遥か向こうにいるであろうレヴィアタン号を見据えるようにして、自分達の為すべき作戦をメデイアに伝えた。
「にしても、せっかくヤツらの企みを知れたというのに、ビーブリストとの内輪揉めなんぞで精鋭を半分も取られてしまったのは残念だ……ま、今の戦力でも充分ではあるがな」
「……一つ、訊いてもよろしいですか?」
続けて理不尽な上からの命令を嘆くハーソンに、メデイアが考え深げに溜めてから尋ねた。
「…ん? なんだ?」
「団長はなぜ、それほどまでにマルク・デ・スファラニアにこだわるのです? やはり彼が異端の魔術師だからですか? 確かに羊角騎士団にとって、異端者の排除は海賊討伐よりもむしろ本分ではありますが……」
「メデイア、君は真にプロフェシア教を信じているか?」
だが、その問いにハーソンは答えることなく、なぜかまったく関係のないような質問を……しかも、メデイアがあまり触れられたくないような事柄について逆に訊き返す。
「……魔女であるわたしには愚問です。もちろん、魔女として火刑にされかけたところを団長に助けられたこの身。今は教会と帝国に忠誠を誓ってはおりますが……」
求めていたものとは違うハーソンの言葉に、一瞬面食らうメデイアであったが、その彼女にとってはあまりに重すぎる審問にも、その真意をよく考えながら律儀にそう答えた。
「なに、俺の集めた他の団員達だって似たか寄ったかだ。操舵手のティビアスは異教の風習今なお色濃い
修道女姿をした魔女の団員に、ハーソンは同種の仲間達のことを引き合いに出して、その信仰とは相反する部分について話を続ける。
「かくいう俺だって他人のことは言えん。なにせ、このような古代異教の遺産を携え、そのおかげで今の地位と名誉を得ているのだからな……」
そして、自嘲気味に口元を歪めながら腰に佩いた魔法の剣を引き抜き、真昼の陽光にかざすようにして天に掲げる。
「かつて、異民族の旧跡探訪に明け暮れていた俺は、北方の遺跡に隠されていたこのフラガラッハを見付け、家に戻って羊角騎士団に入ってからは、その力で帝国最高の〝
ハーソンはメデイアに昔語りをしながら、その当時の煌びやかな光景をかすむ水平線の向こう側に思い浮かべる――。
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