第Ⅷ章 海賊の理由(7)
また、魔女メデイアとその使い魔を追って行ったマリアンネ&ゴリアテのコンビも……。
「――ええい、しつこい! 邪魔をするな錬金
…ピシュ……ダンッ…! という矢を放つ音と、それが木板に突き刺さる音……。
「だって、ヒツジの団長さんに知らされたら困るもん!」
かたや、バキュゥゥゥーン! というマスケット銃の発砲音と、それが何かに当たって跳ねるギイィィーン…! という衝突音……。
女子二人の怒号とともに、なんだか妙にリズム良くも交互に繰り返す弦音と銃声……。
すでに『大奥義書』が賊の手に落ちていることを伝えるため、ハーソンのもとへ急ぐメデイアとそれを足止めしようとするマリアンネは、物陰や他の戦う兵達の背後に身を隠しながら、互いに激しい射撃戦を繰り広げていた。
「魔女同様、ずっと迫害を受けてきたダーマ教徒には同情するけど……海賊として、わたし達の邪魔をするならば容赦しないわよ!」
「うぐっ…!」
とその時、今度はザスッ…! と木の板ではないものに放たれた矢が刺さり、射線上に立つ水夫が泡を吹いて倒れる。
「別に慈悲かけてもらおうなんて思ってないもん……てか、あなたこそ、なんで魔女なのに教会の味方なんかしてんの!」
「ぐあぁっ…!」
またこちらもバキュゥゥゥーン…! という銃声の後、メデイアの前にいた水夫が悲鳴をあげて甲板の上に転がる。
身を隠す防壁代わりに使われているため、時折、かわいそうにも毒矢や銃弾に当たって巻き沿いを食う不運な者達もいるのだ。
「今のわたしは魔女である前に団長……いいえ、ハーソン様の忠実なる
「あんましうれしくないけど……やっぱりあたし達、似た者同士みたい……あたしが海賊やってるのも……お頭に拾ってもらったからだしねっ!」
メデイアとの撃ち合いを演じつつ、同時に口でも言い争いを続けながら、マリアンネの心の内には脳裏に焼きついて離れない、あの頃の無慈悲な光景が過っていた。
錬金術の成果欲しさに、無実の罪を着せられた父親が故郷ニャンバルク(※神聖イスカンドリア帝国の皇帝直属領自由都市)の城伯に連れて行かれた日のこと……。
その父が獄死し、荷車に乗せられて返って来た日のこと……。
白死病の流行をダーマ教徒の仕業と思い込んだ民衆により、
そして、その憎悪と殺戮の嵐吹き荒れる地獄の中で悪鬼と化した父のゴーレムと、そんな絶望と怒りに支配されて暴走する自分へ、温かい手を差し伸べてくれたマルクの朗らかな笑顔……。
「ま、あなたと違って恋してないし、お頭と海賊するのも自分のためだけどね……そんでもって、似た者同士でも容赦しないけどねっと!」
それでも凄惨な過去の記憶に囚われることなく、マリアンネは目の前の敵に狙いを定めると、バキュゥゥゥーン…! とその引金を躊躇いなく再び引いた。
「フフ…まだまだお子さまね……わたしのハーソン様への想いは恋などという低レベルのものではない。これはもっと純粋な感情……そう、これは〝愛〟よ!」
「なに言ってんだかぜんぜんわかんないよ! あと、誰がお子さまだよ!」
メデイアの方もブレることなく、なんだかキラキラと紫の瞳を輝かせながら、反論するマリアンネに向けてビュン…! と弓矢を無慈悲に引き放つ。
「オオオオオッ!」
「シャァァァァ!」
一方、そうして主人二人が激しく言い争っている傍ら、彼女達の下僕も壮絶な取っ組み合いを続けていた。
雌蜥蜴エンプーサが鋭い爪で切り裂こうとするのを硬い日干し煉瓦のような腕で食い止め、対してゴリアテがその重い拳で殴りかかるのをエンプーサも受け止める。
そのまま力比べになる巨大な二体だが、その強さもほぼ互角であり、組み合った状態で固まってしまう。
「シャァァァっ…ガゥッ!」
そうした停滞に業を煮やしたエンプーサはゴリアテの太くて硬い土の首へと犬の鋭い牙で噛みつき、吸血鬼のようにその魔力を吸い取ろうとする。
「ああっ! パパのゴリアテちゃんになにすんの! 醜いトカゲのオバケのくせに!」
なおもメデイアとやり合いながら、それを横目に見たマリアンネは思わず大声を上げた。
「…ング……シャァァ……」
すると、なぜかエンプーサはゴリアテの首から口を放し、なんだか物悲しげな声を上げる。
「……? ……醜いトカゲのオバケ……」
「…シャ……シャァァァ……」
何気なく口にしたマリアンネであるが、その奇妙な反応に疑問を覚え、もしやと思いながらもう一度その蔑称を呟いてみると、さらにエンプーサはよろよろと後退りしてしまう。
「まさかとは思うけどぉ……このっ醜いどころかちょ~キモイ、大トカゲのデカブツ女め!」
「…シャ、シャァァァァ~っ! シャアァァァァァ~ン!」
半信半疑ながらも思い当ったその弱点に、もっとヒドイ言い様でマリアンネが罵ると、案の定、エンプーサは泣き声のようなものを上げながら、突如、踵を返して走り去ってしまった。
「あ、こら! エンプーサ待ちなさい! あなた、なんてこと言うの! あの子に悪口は禁物なのよ? 見かけによらず繊細で傷つきやすい子なんだから!」
慌てて止めようと叫ぶメデイアは、マリアンネの方を振り向いて声を荒げる。
「ええっ!? あんなゴリアテちゃん並に強いのに、なんでそんな打たれ弱いのお!?」
「仕方ないでしょ、そういう性格なんだから! ああ、エンプーサ、待ちなさいったらあっ!」
そして、唖然と目を丸くするマリアンネに逆ギレすると、再びトカゲに戻って船尾楼の中へ逃げ込むエンプーサの後を追い、自らも急いで駆けて行ってしまう。
「オォォォ……」
「………………えええええっ! そんなオチぃ~!?」
いきなり放り出され、呆然とその場に佇むマリアンネとそのゴーレムは、自分達が勝利したことに悦ぶことも忘れ、大きな声を船上に響かせてツッコミを入れた――。
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