第Ⅷ章 海賊の理由(5)

 さてその頃、サント・エルスムス号でオスクロイ兄弟と拳を交えていた露華はというと……。


「――か弱い女の子に二人がかりとはトッテモ卑怯ネ! ソレデモ男カ!」


 双子らしい絶妙なコンビネーションで、華麗な足技を繰り出すカリストと素早い連続パンチを打ち込んでくるポルフィリオに、そんな男どもを非難しながらなおも激闘を続けていた。


「ケッ、こんだけ野郎をぶっ倒しておいて言えた柄かよ!」


「か弱いどころか、そこらの男が束になっても敵わねえバケモノじゃねえか!」


 対してオスクロイ兄弟も、周囲に転がる露華に倒された者達を顎で指し示しながら、空を切る素早い攻撃とともに反論を彼女にぶつける。


「ソレデモ二人がかりハ卑怯ネ! デモ、そんな卑怯者ノ男ナンカ二負けないネ!」


 だが、風に吹かれる柳の枝のように二人がかりの攻撃をすべて受け流すと、露華も言い負けずに攻撃へと転じる。


「うっ…!」


「ぐはっ…!」


 カリストが脚を振り上げた一瞬の隙を突き、露華はその腹に強烈な拳を打ち込むと、背後で腕を振りかぶるポルフィリオの胴にも鋭い後蹴りをめり込ませる。


 その衝撃に吹き飛ばされた二人は、それぞれに左右の弦側の船縁に大きな音を立てて衝突した。


「フゥ…マ、卑怯だけど、なかなかノ武術ノ腕だったネ……」


 完全に入ったその打撃に手応えを覚え、船縁で項垂れる二人にそう呟く露華だったが……。


「……うく……ヘヘヘ…東方のアマソナスの拳法でも、さすがにこの分厚い鉄板は貫けなかったようだな」


「……カァ~…マジキいたな今のは……いやほんと、テメエ対策にアーマーを強化しといてよかったぜ!」


 沈黙したかに思われた二人はなぜか立ち上がり、拳と靴の跡がうっすらと浮かぶ、胸当て鎧をさすりながら下卑た笑みを浮かべる。


 その通常のものより厚い鎧で露華の一撃を防いだのだ。


「さあ、第2ラウンドといこうぜ、東方のアマソナス! 今日こそはテメエの異国拳法より、俺達の古代イスカンドリア拳闘術の方が優れていることを証明してやる!」


「そもそも文化で劣る東方人が、古代イスカンドリアの末裔たる俺達の国でデケえ面してんのが気に入らねえ。辰国だかなんだか知らねえが、とっととてめーの田舎に帰んな!」


 シュッ、シュッ…と風切音を立て、連打で繰り出される高速パンチと、ブンブン、太い鞭のように振り回される強烈な蹴り……。


 復活した兄弟は異邦人の露華を侮蔑しながら、さらに速度とシンクロ率を増した連携攻撃で彼女に襲いかかる。


「辰国ハ四千年ノ歴史ヲ持つ……イスカンドリアニ負けず劣らずノ歴史アル大国ネ……ソレニ言われなくてモ……帰れれバとっくノ昔ニ帰っていたネ!」


 それでも間髪入れずに襲いかかる脚と拳を、くるくると舞を踊るようにして紙一重で避けつつ、露華もその差別発言に言い返しながら、ただ独りで異国の地にとり残された日のことを思い出す……。


 疫病で次々に倒れてゆく家族や仲間達……


 奇蹟的に自分だけ助かったものの、目覚めると知っている顔が誰一人いなくなっていた時の孤独感……


 言葉も通じず、馴染みのない異国の地で生きていく中で感じた疎外感……


 その心が凍てつくような荒涼とした感覚は、今でも生々しく思い出すことができる。


「マ、今ハ独りじゃないし、特ニ帰りたいトモ思わないけどネ……デモ、独りデ異国暮らしヲして……一つヨイことモあったネ……」


 しかし、今の露華はその瞳に生き生きとした輝きを宿し、異国でできた新たな仲間達のためにその拳を振るう。


「それハ……オマエ達みたく井ノ中ノ蛙ニならなかったことネ……驕り昂ったオマエらノ知らナイ……辰国四千年ノ奥義ヲ見せてやるネっ!」


「く…!」


「う…!」


 息の合った双子の連携攻撃を絶妙に掻い潜り、露華は再び隙を突いて拳と蹴りをそれぞれに打ち込む……。


 だが、今度は遠くへ吹き飛ばすこともなく、二人はその場に留まったままだ。


「フン、何度やっても同じだ。この厚い胸当てを貫くことはでき…んぐ…ゴハァっ!」


「なんだ、さっきよりもぜんぜん弱えじゃねえか。そんな打ち込みじゃ…ん…ブハァっ!」


 ところが、まるで効いていないかのように見えた二人は、わずかな間を置いて、突然、その口から同時に血を吐き出す。


「…ぐ……ぐふ……ば、バカな……んぐぅ……」


「…ゴホ……ゴホ、ゴホ……い、いったい何を……んがっ……」


 分厚い銀色の胸当てに真っ赤な鮮血を流しながら、双子の兄弟は仲良く同じように目を見開き、驚愕の表情で異邦人の少女に問う。


「我ガ武術ハ陰・陽二つノ面ガ表裏一体トなった双極拳……今打ったのハ、その内ノ陰拳の方ネ。表面ヲ爆発的ニ破壊する陽拳ニ対し、陰拳ハ衝撃波ヲ体内奥深くマデ伝えて内部ヲ破壊する影ノ拳。ずいぶんと自分達ノ格闘術ヲ自慢してたケド、こんな技術モ知らなかったカ?」


 そして、そのまま膝から崩れ落ちるオスクロイ兄弟を冷徹な武闘家の瞳で見下ろし、これまでのお返しとばかりにそう嘯いた――。

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