第Ⅷ章 海賊の理由(3)

「――にしても、肝心な時にお頭はいねえし、海賊連合が失敗したのにはほんと焦ったぜ」


 そうして『大奥義書』を脇に携え、先を行くリュカとともに船長室を後にしたマルクは、久々に顔を合わせた彼と語り合いながら、足早に船尾楼の外を目指す。


「でも、作戦其之弐オペラシオン・セグンドを実行したとこ見ると、僕の〝身代わり人形〟はちゃんと役目を果たしてくれていたようじゃないか?」


「ああ、性格なんざ、ほんと本人そっくりだったぜ……けどよ、別にお頭の魔術だけで、マリアンネにあんなカラクリ作らせなくてもよかったんじゃねえか?」


 若干の嫌味を込めて答えたリュカは、ずっと疑問に思っていたそのことを尋ねてみる。


「チっチっチっ…わかってないなあ、リュカくん。いつも言ってるように魔術は自然の摂理に則したものだ。それそのものにその性質がなければ、いくら悪魔の力を宿してみたところでなかなかうまくはいかないからね。一瞬なら序列71番〝異相の公爵ダンタリオン〟だけでも身代わりは作り出せたけど、ここまでの長時間だと、それなりの素体がないと無理なんだよ」


「そういうもんかねえ……さて、そろそろ皆さんお楽しみのパーリー会場だ。一気に突っ切って飛び乗るから、お頭は俺に負ぶさんな。羊の野郎どもも来てるしな。危なくっていけねえ」


 なんだか偉そうに小難しい説明をするマルクに、自分で訊いておきながら、あまり関心のなさそうな返事を返すリュカだったが、船尾楼の出口が近づくとそう言って不意にしゃがみ込む。


「へえ、ハーソン達もいるんだ。そいつは大変……よいしょと。毎度、悪いねえ。僕にもう少し戦闘的センスと腕力があれば……」


「ったく、海賊なんだから少しは腕っぷしも鍛えろよ。ほんと戦闘じゃあ使えねえな」


 それを見て、いつものことなのか? 口では申し訳なさそうに言いつつもマルクがすんなりその背に乗っかると、軽々と持ち上げたリュカは悪態を吐きながらまた歩き出す。


「もう、身も蓋もないね。これでもここ一ヶ月、けっこうしごかれて体力ついたんだよ?」


「さあ、そいつはどうだかねえ……おっと。さっそく敵さんとご対面だ」


 そうして無駄口を叩きつつ船尾楼を出た所で、ちょうどそこにいた護送船団の水夫と二人は早々に鉢合わせした。


 パイクを手にしたガタイのいい男であるが、リュカの姿に目を丸くしているその髭面に、マルクはとても愛着がある。


「あ、アントニョさん! 待ってリュカ、殺しちゃダメだ!」


 鋭い爪を月明かりに輝かせ、今にも飛びかかろうとするリュカをマルクは慌てて制止する。


「……ま、マリオじゃねえか? このバケモノめ! 待ってろ! 今助けてやるからな!」


 一方、アントニョの方もオオカミに背負われたマルクに気づくと、恐怖心を打ち殺してリュカに立ち向かおうとする。


 どうやら彼は、かわいい後輩の〝マリオ〟がバケモノに掴まっているものと誤解したらしい。


「とってもお世話になった人なんだ。お手柔らかに頼むよ」


「了解……ガルっ!」


 だが、背中のマルクの注文に床を蹴ったリュカは、目にも止まらぬ速さで間合いを詰め、それでも手加減をしてアントニョの鳩尾みぞおちに拳をめり込ませる。


「うぐ…………」


「すみません、アントニョさん。これがせめてものお礼なんで、許してください」


 一瞬で気を失い、ゆっくりと甲板に崩れ落ちるアントニョの姿を、その幼い顔に反して冷徹な瞳で見下ろしながら、マルクは淡々と謝罪の言葉を述べた。


「さあ、思いっ切り突っ走るぜ? 舌噛まねえように注意しな!」


 親しい同僚との別れもゆっくりしている暇はなく、そう断りを入れたリュカはマルクを背に負い走り出し、水夫に騎士に海賊が入り乱れる大混戦の中を俊敏な動きで駆け抜ける……。


 まさしく獣のような身のこなしで行く手を阻む障害物達の間を縫うように疾走すると、自分達の船が接する右弦側へ間を置かずしてたどり着いた。


「……っ!? チッ…」


 だが、そのまま船に飛び移ろうとしたその瞬間、どこからか飛んで来た一本の矢が、素早く身を退いたリュカの脇をかすめて船縁の手摺りに突き刺さり、その余韻にブルブルと矢柄と矢羽を震わせる。


「どうやらケンカ売られたみてえだな……悪りぃがお頭、送り迎えはここまでだ。あとはもう一人でも大丈夫だろ?」


「あ、うん。おわわわっ…」


 野生の感でその矢を避けたリュカは、そう言ってマルクを船縁から放り投げると、矢の飛んで来た方角を猛禽のような琥珀色の眼で睨みつける。


「よく避けたね! さすがは〝ジュオーディンの怪物〟くんだ!」


 すると、そこに立つミンズマストの中程に設けられた操帆用檣楼しょうろうの上には、羽根付きのつば広帽に羊角騎士団の白マントを羽織り、特異な形の短い弓を持つ美青年が腰かけていた。


 その愛用の竪琴から演奏用の弦を取り外した短弓を武器とする吟遊詩人――オルペ・デ・トラシアである。


「ケッ…懐かしくもムカつく渾名だぜ……んな怪物に矢射かけて、無事ですむと思うなよ?」


 そのどこか浮世離れした詩人の騎士にいつもの悪態を吐いて返すと、鋭い牙の並ぶ大きな口で、獲物を前にした肉食獣のようにリュカは舌なめずりをした……。


※挿絵

オルペ・デ・トラシア

https://kakuyomu.jp/users/HiranakaNagon/news/16818023213207208064

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