第Ⅶ章 勘違いの大海戦(3)
「――見つけたぞ! ヤツらの船だ! 他には構わずあれを追えっ!」
一方、駐留艦隊の戦列から飛び出したハーソン達のアルゴナウタイ号も、いまだ黒い煙幕の霧が海上に残る中、レヴィアタン号の船影を見つけて全速力で追い駆けていた。
その蒼い月影に銀色の光を反射させる船体スレスレに、次々と飛来する砲弾が立て続けに水柱を吹き上げさせる。
「ティビアス、砲弾に気をつけろ! 後の味方からも飛んで来るぞ!」
「言われなくても、そうしてまさあっ!」
構うなと言われても、さすがに降り注ぐ砲弾へは注意を払うアウグスト副団長の言葉に、操舵輪を握るヴィキンガーの末裔は器用に着弾を避けながら船体をジグザグ走行させる。
「戦列の裏へ隠れる気だ! このまま我らもあの船を回り込むぞ! ……ん? あれは……」
そうして砲弾の雨を掻い潜り、レヴィアタン号の通った後をなぞるかのように疾走したハーソン達も、同じように最後尾のガレオンを左に回り込んだところで、やはりその船のマストに翻る〝髑髏と二つのクロスする鍵〟の旗を目にする。
「これもヤツらの船か? ジーベックに加え、新たにこれほどの重武装ガレオンまで手に入れていたとはな……」
「なにやら横づけしましたが、どうやらこっちのガレオンに乗り込むようですな。ここで乗り換えるつもりでしょうか?」
さらに船腹へ張り着いたその姿を見ると、〝ヴェパル〟の幻影の影響もあってか? ハーソンとアウグストはそのように誤解した判断を下す。
「そうか! いつものジーベックで襲って来たのは我らを油断させて誘き出すためだったか! フン…だが、浅はかな小細工だ。おかげで真っ先に〝頭〟を潰せる……ティビアス、我らも船を着けろ! 総員、白兵戦の用意だ!」
そして、さらに誤った深読みをすると不敵な笑みを端正な顔に浮かべ、兜に牛の角を生やした操舵手に大声で指示を飛ばした。
「アイアイサーっ! みんなしっかり掴まってなあっ!」
その北海の古代海賊が如き操舵手が大声で吠えた直後、ガゴォォォォーン…! という轟音を波間に響かせて、先刻のレヴィアタン号同様、銀色に輝くその船体は勢いよくガレオンの右舷にぶつかる。
「総員、突撃ぇぇぇーきっ!」
そして、こちらにはアンカーを投げ込めるような巨人がいないため、騎士団員達がそれぞれに鍵縄を船縁に引っかけて船を固定し、一段高い船縁に幾つもの渡り板を渡して一斉に斬り込んで行く。
「また海賊が乗り込んで来たぞーっ!」
「これ以上、取り着かせるなぁーっ!」
湿った夜の海風にパン! パン! …と乾いた銃声が方々から聞こえてくる。
「うわっ…!」
「うぐっ……」
一方の護送船団の水夫達も、突然、乗り込んできた羊角騎士団の騎士達を海賊だと思い込み、マスケット銃や〝パイク〟という槍のような長柄兵器で迎撃してくる。
「ぐあっ…!」
「ひるむなーっ! この船を落とせば我らが勝利ぞっ!」
それでも向かって来る者を魔法剣で斬り伏せ、檄を飛ばしながらハーソンも乗り込むと、そこではすでに大乱闘が繰り広げられていた……無論、禁書の秘鍵団の海賊達によってである。
「どういうことだ? 駐留艦隊はまだ斬り込んでいないはずだが……仲間割れでもしたか?」
予想外に騒がしいサント・エルスムス号の上甲板に、ハーソンは眉根をひそめて訝しがる。
「…? あの時代錯誤な甲冑に盾の風車の紋章……ドン・キホルテス・デ・ラマーニャ!」
だが、騒動の只中によく知る人物の姿を見つけると、頭を過ったその疑問もすっかり忘れ、ハーソンは大声を張り上げながらそちらへと歩み寄る。
「……ん? おお! その古代イスカンドリアを思わす艶やかパレードアーマーに羊の角をあしらった特製のモリオン……ドン・ハーソン・デ・テッサリオ殿か!」
己が名を呼叫ぶ声に振り返ったキホルテスも、その鎧兜から彼を認識し、まるで旧友にでも会ったかのようにこの場には不似合いな笑みを浮かべ返す。
「騎士として捕囚は望まんだろう。貴様にはここで、騎士らしい最後の場所を与えてやる」
「帝国が誇る
「…あ、はい! ……おっとっと…」
しかし、自慢の魔法剣片手に迫り来るハーソンを前にして、キホルテスはなぜか持っていた得物を二本とも放り投げ、背後で雑兵の相手をしていた従者に返してしまう。
「……どういうつもりだ? よもや潔く首を差し出す気にでもなったか?」
「なあに、そこもとの魔剣相手にそこらの剣では役不足でござるからな……」
そして、その奇妙な行動を訝しげに見つめるハーソンへそう答えると、腰に佩いていた〝ブロードソード〟というレイピアよりは少々広身の剣をスラリと引き抜き、肩から下げたカイト・シールドとともに悠然とその剣を構えた。
「なるほど。それが貴様の一番か……だが、どれほどの名剣だろうと同じこと。貴様の古臭いその騎士道、我がフラガラッハをもってへし折ってやる!」
そんなキホルテスを侮蔑するかのように碧い冷徹な瞳で眺め、ハーソンもそう言い返すと手にしたフラガラッハを振り上げて放り投げる。
すると、その古代の魔法剣は自らシュルシュルと回転しながら宙を舞い、目標を違えることなくキホルテスの頭上に鋭く斬りかかる……。
ギィィィィーン…! と甲板上に響き渡る、剣と剣が激しくぶつかり合う音。
それは現実とも思い難き超常的な攻撃であったが、キホルテスの剣技を持ってすれば、けして避けられぬものでもない。逆袈裟懸けに斬り上げて難なくそれを弾き飛ばすと、その剣はクルクルとまた宙を回転しながら再びハーソンのもとへと戻ってゆく。
「…っ? ……その剣、何か細工をしてあるな?」
しかし、いつもは絶妙のコントロールで彼の手の中へ納まるところ、今回は微妙にズレを生じて予想した位置に柄がなく、思いがけずハーソンは慌てて手を伸ばすこととなった。
「いかにも。いまだ、そこもとのような魔剣を得るには至ってござらんがな。それでも、お頭殿の術によって〝堕落の侯爵サブノック〟の魔力を宿し、魔術的に武装強化しておる」
そのわずかな誤差に疑念を抱き、怪訝な顔でハーソンが尋ねると、それに答えてキホルテスは握った愛剣を見せつけるようにして顔の前へ掲げる。
よく見ると、その剣の刃根元には円形をした悪魔の印章が刻まれており、仄かに赤黒い色の光を宵闇の中に放っている。
「ほおう…騎士道にこだわる貴様も、とうとう悪魔の力を借りるまでに成り下がったか」
それでも特に驚く様子を見せることなく、いまだ余裕綽々の表情でハーソンはそう言うと、わざわざ挑発するかのようにキホルテスを侮辱する。
「ハハハ、心配はご無用。
だが、よほど寛大なのか? それともバカがつくほどの楽天家なのか? キホルテスはそう言って難なく反論すると、たいそう愉しげに笑い飛ばしてみせる。
「フン。ものは言い様だな。騎士の割にはなんとも弁舌の立つことだ」
「なれば、お互い無駄口を叩くのはこの辺にして、騎士は騎士らしく剣で語り合おうぞ!」
意外なほどあっさりと切り返され、少々悔しかったのか? さらなる挑発的な言葉を口にするハーソンに対し、やはりキホルテスは笑みを湛えながら、そう言って再び剣を構える。
かくして〝エルドラニア最強の騎士〟対〝エルドラニアを捨てた海賊騎士〟との因縁めいた一騎打ちの火蓋が、今ここに切って落とされた――。
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