第Ⅶ章 勘違いの大海戦
第Ⅶ章 勘違いの大海戦(1)
レヴィアタン号の放った一発の砲弾により、奇しくも始まった護送船団VS駐留艦隊の海戦は徐々にその激しさを増し、どちらとも優越つけ難き互角の戦いを繰り広げていた……。
悪魔の加護の相殺によって、有効射程距離への接近を許した護送船団がその超長距離射程砲の真価を発揮できぬ中、駐留艦隊の灼熱の砲弾を飛ばす〝ラウム・カノン砲〟は、甚大な破壊とともに火災の害をも相手のガレオン船にもたらす。
しかし、威力に劣る小口径とはいえ、もとより有効射程の長い護送船団の〝バシン・カルバリン砲〟……それはカノン砲よりも命中精度において優れ、そのほとんどが的を外さず見事着弾すると、小規模ながらも確実な被害を駐留艦隊に与えてゆく。
いつ果てるとも知れぬ…否、このままずっと撃ち合っていては、いつか双方とも海の藻屑と消えるであろう、激しい砲撃戦である……。
「――さてと。やることやったし、用が済んだんだったら、あたしもう帰るけどいいっしょ?」
そんな中、船の外では雨霰の如く砲弾が飛び交っていることなど知る由もなく、奥まった船長室内で悪魔召喚の儀式を行っていたマリアンネは、一仕事終えたというような顔の〝海洋公ヴェパル〟に暇乞いをされていた。
「え? もう帰っちゃうの?」
本来なら術者が願望成就の後に帰るよう強制的に命じるところ、不意に自分から帰ると言い出したどこまでも自由なその悪魔に、意表を突かれたマリアンネは思わず目を真ん丸くする。
「ああ。だって願いかなえたら別にここにいる意味なんてないしぃ」
「願いかなえたって……ほんとにだいじょぶ? ちゃんとうまくいったの?」
密閉された船長室内ではその効果の程もわからず、ギャル口調で答えるヴェパルに不安そうな顔で尋ねるマリアンネだったが。
「あんた、あたしを誰だと思ってんの? 船の幻影見せるのと、武装した船団を誘導するのにたけちゃあ並ぶ者なき海洋公ヴェパルだよ? 実物の船団がある上に煙幕で目晦ましまでしてたようだし、ここまで物質的条件そろってんなら目つぶってても幻影見せられるっつーの!」
「ま、まあ、だいじょぶなら別にいいんだけど……」
どうやらその不安な表情が癇に障ったらしく、ひどく不機嫌そうに抗議するギャル悪魔にそれ以上は何も言えなくなってしまう。
「んじゃ、そういうことで。ほんとマジダリぃからもう呼び出んじゃないよ?」
「あっ…!」
そして、まだ半信半疑な様子のマリアンネをその場に残し、それまで人魚の形をしていたそれはもとの透明な水へ戻ると、バシャリ…と三角形の上に落ちて何処へともなく消えてしまう。
「勝手に消えちゃったけど……ほんとだいじょぶだろうな? なんか、悪魔なのにイメージしてたのとぜんぜん違う人魚…っていうかギャルだったし……」
とはいえ、今さらもう一度呼び出すわけにもいかず、マリアンネはなおも信頼の置けないというように眉根をひそめながら、おそるおそる船長室を出て上甲板へと向かった。
「……あ、キレイ……て、これって砲弾? にしても、ものスゴい数……」
すると、外では月夜の蒼い空の下を無数のオレンジと緑の光が飛び交っており、その美しい光景に思わずその正体も忘れて見入ってしまう。
「…ん? おお、ご苦労でござったな。こちらはお頭殿の作戦通り、万事うまいこといっておる。そなたの魔術が効いたのか、エルドラニアの艦隊同志、戦列を組んでの大海戦ぞ!」
そんなマリアンネに気づき、正面のミズンマストの下で索具を引っ張っていたドン・キホルテスが労いの言葉をかけてくる。
「ま、あんましうまいこといってもねえがな。おかげで俺達まで蜂の巣にされそうだぜ……」
一方、その前に立つメインマストの索具を操っていたリュカは、眉間に鋭い皺を寄せ、飛び交う砲弾の光を苦々しげに眺めている。
「オォォォ…!」
と、そういう端からゴリアテの低い叫び声と、ゴィィィィーン…! という船への着弾とはまた違った、奇妙な衝突音が甲板上に鳴り響く。
「うわっ……あ、危なかったぁ……ありがとう、ゴリアテ。戦列の裏側に回りまーす! 取舵いっぱーい!」
リュカの嘆く通り、こちらへも容赦なく飛んで来る弾の一つをゴリアテが殴り飛ばす傍ら、サウロは冷や汗を拭いながら操舵輪を大きく左に切る。
ようやくレヴィアタン号は砲弾飛び交う両艦隊の間を抜け、護送船団の裏側へ回り込もうとしているところなのだ。
駐留艦隊への砲撃に集中しているためか、反対側のこちらに入ってしまえば、いたって静かなものである。
「そのまま目標を見つけ次第、突撃して船をつけてくれ……ああ、マリアンネ、お疲れさま。初めてとは思えないくらい上出来だよ。おかげで僕らも集中砲火食らっちゃったけどね」
「なんか大変そうだけど、とりあえず魔術は成功みたいだね。はぁ…よかったあ……」
旋回して揺れる上甲板を操舵輪の方へ歩いて行くと、メインマストの前に座すマルクも彼女を労い、大まかな状況を理解したマリアンネはホッと胸を撫で下ろす。
「ああっ! アレネ! アノ船に魔導書が載ってるネ!」
と、そんな時、さらにその前のフォアマストの頂にしがみついていた露華が、何かを見つけて大声を張り上げた。
「……ん?」
その声に皆が彼女の指さす方向を見ると、縦一列に並んだ護送船団の最後尾、まさに今、レヴィアタン号が回り込んだガレオン船――サント・エルスムス号のマストの天辺に、なぜか〝禁書の秘鍵団〟の鍵と髑髏を組み合わせた黒い旗が翻っているではないか!
「よし! サウロ、あの船の右弦に突撃だ…あ、でも、頭からじゃなくお腹でね」
「アイアイサーっ! 全速前進ーん! 皆さん、衝撃に備えてくださーい!」
どういうわけか? 護送船団のマストではためく自分達の旗を見付けると、間髪入れずにマルクは指示を飛ばし、サウロはよい返事をして、その通り眼前の船の脇腹へ突っ込んで行く……。
「きゃっ…!」
「おっとっとっとネ……」
わずかの後、分厚い木材を組んだガレオンの巨体と青銅の鱗を持つ龍の横腹が勢いよくぶつかり合い、ガガアァァァーンっ…! という雷鳴が如き轟音をとともに激しい揺れが団員達を襲う。
「ゴリアテくん、アンカー!」
「オォォォォ!」
そんな中、今度はマリアンネのゴーレムに命じて、マルクは相手方の上甲板に重たい錘を放り投げさせる……。
ドシャァァァーン! …と再びの轟音を響かせるとその大質量の鉄の塊はうまいこと木の床をブチ破ってめり込み、護送船団が気づいて砲撃して来るよりも先に、レヴィアタン号は目標へのランデブーを成功させた。
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