第Ⅵ章 偽りの船影(7)
かたや、そんな魔術的工作が行われているとは露知らず、大急ぎで支度を整え、埠頭を出航したアルゴナウタイ号とサント・ミゲル駐留艦隊では……。
「――急げーっ! もっと距離を詰めてヤツらの尻に食らいつくんだっ! 全砲、有効射程に入り次第、いつでも撃てるようにしておけーっ!」
背後に駐留艦隊のガレオン六隻を引き連れ、先頭を行くアルゴナウタイ号のさらにその舳先に立つハーソンは、愛剣フラガラッハを前方に掲げ、背後の団員達に檄を飛ばしていた。
今夜の彼は本気らしく、普段のマッチョな肉体を打ち出した実用型パレードアーマーに加え、代々、羊角騎士団の団長に引き継がている羊の頭を模したモリオン型の兜もその頭に載せている。
「もう限界だあーっ! ヤツらのジーベックは足が速えし、いくら魔法修士さまが風吹かせたって、同じ進行方向じゃ距離は縮められねえーっ!」
だが、操舵輪を握るティビアスが言う通り、駐留艦隊の魔法修士が吹かせた追い風に便乗しているレヴィアタンとでは、なかなかその距離を縮められずにいる。
「団長ーっ! 水平線上に船影を複数確認ーっ!」
と、そんな時、フォアマストの檣楼で見張りについていた宣教師イシドローモが、敵船の向かう先に浮かぶ複数の黒い点を見つけ、望遠鏡を覗きながら足下のハーソンに叫んだ。
「船団? 待ち伏せしていた仲間と合流する気か……いや、位置と日数からして、そろそろ護送船団の現れる頃でもあるな……どこの船かわかるかーっ?」
「いえ、まだこの距離では……ですが、船種はおそらくガレオン。なんというか……うまくは説明できないのですが、なにやらエルドラニアのものではないように感じます!」
わずかの逡巡の後、後頭部を見上げて尋ねるハーソンに、イシドローモは蒼い月明かりに染められた海を望遠鏡で凝視しつつ、感覚的に訴えてくるものに従ってそう答える。
「イシドローモが言うからにはその可能性は高いな……仲間の海賊か他国の貿易船か、はたまた偶然にも護送船団と遭遇したか……まだ判然としないが、各員、警戒を怠るなっ!」
祖先伝来の〝鳥占い〟をするイシドローモの言葉を聞き、ハーソンは顎に手をやって考えを巡らした後、まだ判断は保留にしたまま皆にそう注意喚起した。
「……これは……やはりガレオンです! 数は3……いや、おそらくは輪形陣を組んだ7隻!」
そのまま爆走するレヴィアタン号を追いかけていると、かの船は謎の船団へと真っ直ぐ突撃して行き、やがてイシドローモの目にも船団のシルエットがはっきりわかるまでに近づく。
「ガレオン7隻……敵船ならば少々厄介ですな。お互いほぼ同数での砲撃戦となります」
「ああ。逆に味方の船ならば、ヤツらを前後から挟み討ちにできる……にしても、もしあれが件の護送船団だったとすれば、こんな所でバッタリ鉢合わせとはつくづくヤツらも運に見放されたというものだな……」
傍らに立つ副団長アウグストが眉をひそめて呟く言葉に、少々悪戯めかして不敵な笑みを浮かべながら答えるハーソンだったが。
「何っ…? 煙幕か……」
突如、前方を行くレヴィアタン号が、その
「しまった! 罠か? 各員、戦闘準備ーっ!」
満月に照らし出されていた海の上にすぐさま拡散し、まるで夜霧の如く不意に視界が利かなくなる中、敵の策略に気づいたハーソンは慌てて団員達に大声を張り上げた――。
他方、そんなレヴィアタン号と、それを追うハーソン達が向かう船影――即ち、護送船団の側では……。
「……お、ようやくご登場か……すぅぅぅ~っ…大変だぁぁぁ~っ! 敵襲ぅぅぅ~っ! 海賊がまた襲ってきたぞぉぉぉぉ~っ!」
見張りの当直が回ってきたのか? なぜか今夜は旗艦サント・エルスムス号のフォアマスト上で
「海賊だと? 海賊だぁーっ! 海賊が攻めて来たぞぉーっ!」
「敵襲ぅぅ~っ! 敵襲ぅぅ~っ!」
それを聞いた上甲板の水夫達も大声で叫び、次々に伝播するその情報は瞬く間に船全体へと伝わってゆく。
また、サント・エルスムス号を囲む6隻のガレオン艦でも、どうやら急速接近する不審船に気づいたらしく、ランプの照明があちこち動き回って、いずれも船内は慌ただしくなっている。
「ハハハハ…バカな海賊だとは思っていたが、バカどころか真の大バカ者だったようだな。本当に予告状通り襲ってきおった。あれだけ叩きのめされてもまだ懲りんと見える」
「まことにまこと。何度来ようと近づくことすらままならず、ただただ一方的に弾を食らうだけというに。なにも好き好んで蜂の巣になりに来ずともよいものをのう。ハハハ…」
無論、その騒ぎは自室で休んでいたパトロ提督やクルロス新総督にも伝わり、上甲板に出て来た彼らは高笑いを響かせながら船首へと向かう。
「ほお…確かにドラゴンのようなシルエット……あれが噂に聞く
「後の方にも幾つか大きな船が見えますが、予告状にあった大艦隊というヤツですかな? どこで集めてきたのかは知らんが、新天地にはバカな海賊がほんとに多いようだ」
月光に鱗状の装甲板を鈍く輝かせ、高速で迫り来る船影を暢気に船首楼から眺めるパトロとクルロスだったが、そんな物見気分の彼らの目の前で、その海賊船はさらにドラゴンを思わすのようなパフォーマンスをしてみせる。
「なぬっ…?」
同時刻、後方から追い駆けるハーソン達も目にした通り、
「ほう…毒霧まで吐くとは、まさに黙示録の悪龍〝レヴィアタン〟のような……」
「いや、あれは煙幕ですな。フン…海賊どもめ小賢しい真似を……が、何をしようと結果は同じこと……コラーオ殿はもう儀式に入っているな? 各艦に通達! 単縦陣を組んだ後、順次、砲撃を開始しろっ!」
突如、前方を覆う怪しげな黒い霧に、よくできたそのカラクリを称賛するクルロスの傍ら、パトロ提督はなおも余裕の表情で、それでもようやく軍人の顔になって号令を下した――。
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