第Ⅵ章 偽りの船影(6)
再び帰って、90°旋回して右舷を要塞に向けたレヴィアタン号では……。
「――やっぱ要塞は硬えな……こんなことなら、お頭ももっと
リュカの言葉に合わせ、ドンっ…! と轟音とともに火を吹く砲口。
リュカは船縁にずらりと並んだ砲門を渡り歩き、前もって用意しておいたカノン砲に次々と点火して回っていた。
「ただのポーズってもぜんぜん利いてねえじゃねえか。これじゃ無駄ダマもいいとこだぜ……」
しかし、ハーソン達も見ていた通り、撃っている弾は先程のような破城用の砲弾ではなく、ごくごく普通のただの鉄球であるため、命中してもまるでダメージを与えることができない。
一方、…ヒュウゥゥゥゥ~…と風切り音は聞こえるも、飛んできた砲弾はボシャァァーン…! と派手な水音を立ててレヴィアタン号の目と鼻の先の海に着弾して没する……。
要塞側からも迎撃にカノン砲を撃ちかけてきているのだが、弾は青黒い海面を叩いて水柱を上げるだけである。
こちらが大きな的を撃つのに比べ、向こうは海に浮く小さな木の葉を相手にしているようなものであり、ギリギリ最大射程距離で止まっているレヴィアタン号をなかなか捉えることができないのだ。
「艦隊ガ動き出したネーっ!」
そうこうする内に、要塞の脇に設けられた埠頭からは停泊していた複数の船影が動き出し、それを確認した露華がマストの上で再び声を張り上げる。
「よし! 急速旋回。護送船団へ向けて全速前進!」
その声に、足下のマルクは相変わらず椅子に腰かけたまま、すぐさま団員達に指示を飛ばす。
「りょーかーい! 船、出しまーす! 取舵いっぱーい! 旦那さま、操帆お願いしまーす!」
「うむ。任せておけい!」
すると、操舵手代理のサウロがそれに答えて操舵輪を大きく左にきり、ドン・キホルテスとゴリアテが策具を引いてラテンセイルを操る中、またも90°旋回したレヴィアタン号は全速力で要塞の前から逃走を始めた……。
「――ええ~なんでそんなめんどくさいこと、このあたしがしなきゃいけないわけ~?」
さて、その頃。
船長室内で海洋公ヴェパルを召喚したマリアンネは、その人魚の恰好をした悪魔を手なずけるのに大変苦心していた。
「な、なんでも何も……あ、あたしはあなたを呼び出した魔術師だよ?」
召喚さえすれば、素直に術者のいうことを聞いてくれるのかと思いきや、なんだかちょっとギャルの入っている口調で反抗する人魚の悪魔に、マリアンネは面喰って目を丸くする。
「も、もう一度命じるよ! 海洋公ヴェパルよ、誰もが膝を屈する偉大なる主の名において…」
「っていうかぁ~。あんた、魔術師ってもズブのシロウトっしょぉ? スゴ腕のベテラン魔術師ならともかくぅ、そんな神さまの名前やペンタクル出したって無駄っていうかぁ。あたしぃ、あんたみたいな小娘の言うこと聞いてやる義理はないしぃ~」
ヴェパル専用のペンタクルを見せつけるようにして前へ突き出し、もう一度、改めて命じようとするマリアンネであるが、彼女のことを完全に素人とナメきっているヴェパルは、まったく従う気のないどころか、ギャル口調でますますムカつく態度をとってくる。
「こ、小娘? ……もう! そういうつもりだったら……こ、これでどう?」
そんな舐めくさった悪魔の言動に、業を煮やしたマリアンネはマルクの書いておいてくれたメモに従い、肩かけ鞄の中からまた別の、円内に正方形の升目が描かれたペンタクルを取り出して掲げる。
「ひっ……そ、そのペンタクルは……あ、あんた、小娘のクセにちょっと卑怯じゃね?」
すると、それまでの高圧的な態度とは一転、ヴェパルはそのペンタクルを避けるように顔を背け、見えないように目元を手で覆いながら、なんだか怯えるような様子を見せ始める。
それもそのはず……人間にはなんの変哲もないただの金属円盤であるが、それは『ソロモン王の鍵』という魔導書に記された「霊に恐怖を与える」という〝土星第一のペンタクル〟なのだ。
「フ、フ、フ…へ~ほんとに悪魔さんはこれが苦手なんだあ……ほらほら~もっと近くでよく見せてあげようか~? 言うこと聞かないと、これ、目と鼻の先に突きつけちゃうぞ~? あ、なんならこれで、そのキレイな顔をスリスリしてあげようかぁ~?」
その様子を見るや、マリアンネはいつになく悪どい笑みをそのカワイらしい顔に浮かべ、さらにその金属円盤をヴェパルの方へと突き出す。
「くっ…こ、小娘のクセにどっちが悪魔だよっ?」
「さあ、これをしまってほしかったら素直にいうこと聞くんだね。それじゃ、もう一回言うよ? 偉大なる主の御前において我は命ずる! 海洋公ヴェパルよ! アルゴナウタイ号とサント・ミゲル駐留艦隊には護送船団を海賊船に、護送船団にはアルゴナウタイ号と駐留艦隊を海賊船に、それぞれに見まがうよう、かの者達に幻影を見せしめたまえ!」
「チっ…わあったよ。やればいいんだろ、やれば。ったく、どシロウトの小娘のクセに……ま、実際に船団はあるわけだしぃ、あたしの力を持ってすればぁ、船影を誤認させるくらい簡単だから別にいいしぃ……」
悪魔にとっては恐怖そのものの魔法武器で脅しをかける、悪魔よりも悪魔的なマリアンネのその要求に、ヴェパルは負け惜しみを口にしながらしぶしぶと目を閉じ、両手を大きく拡げると、その海を支配する魔力で世界に働きかけ始めた――。
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