第Ⅵ章 偽りの船影

第Ⅵ章 偽りの船影(1)

 赤々と燃え盛る炎を月夜の薄闇に上げ、暗く冷たい海の底へ海賊船の一団が沈みゆかんとしていたその頃……。


「――クソっ! なんだ、あの反則兵器は? あれじゃタダの的みてえなもんじゃねえか!」


「一度も刃を交えることなく、敵に背を向けて逃げ出すとは……騎士としてなんたる恥辱!」


 唯一撃沈を免れ、新天地方面へ向けて全速力で海域を離脱するレヴィアタン号の上甲板では、凶悪な顔で文句を垂れるリュカや我が身の無様さを嘆くドン・キホルテスをはじめ、禁書の秘鍵団の団員達が悔しそうに地団太を踏んでいた。


「アイヤ~。コリャ、完全無欠ニ負け戦ダヨ……」


「ま、海の藻屑にならなかっただけよしとしましょう……他の海賊達はどうなりましたかね?」


 露華も眉根を「ハ」の字にして肩をすくめ、心優しい少年サウロは項垂れながら、仮にも手を組んだ悪党達のことまで気にかけてやっている。


「確かにアレは反則だよねえ……あんな新兵器の情報、新天地でもガウディールでもぜんぜん聞こえてこなかったし……アレって、お頭も襲撃するまで気づけなかったわけ?」


「ま、そういうことになるのかな? まさか、ああいう射程重視の兵器でくるとはね……その戦術の有効性といい、まったく持って誤算だった」


 また、難しい顔をして腕を組み、訝しげに小首を傾げて尋ねるマリアンネに対し、船長マルクはどっしり椅子に腰かけたまま、相変わらずの鉄面皮でどこか他人事のようにそう答える。


「んで、これからどうすんだよ? まさか、このまま引き下がるつもりじゃねえよな?」


「もちろんさ。こっちの方が難易度高いし、ほんとはあまりやりたくなかったんだけど……こうなったら作戦其之二オペラシオン・セグンドでいくしかないね」


 だが、そんな完膚なきまでの負け戦の直後であっても、打ちひしがれることなく次の行動を尋ねるリュカに、マルクもさも当然というようにすぐさまそう答える。


作戦其之二オペラシオン・セグンド? ですが、海賊連合は全滅ですし、もう護送船団に太刀打ちできるような戦力はどこにも……」


「そうネ。それにアノ反則的大砲使われたら、たとえマタ海賊集められても結果は同じネ!」


 対してサウロと露華は現実的に、対抗策の何もないことを論理的に主張するのだったが……。


「あるじゃないか。あいつらと張り合えるくらいの艦隊戦力がすぐ近くにさ」


 マルクはやはり表情のない鉄面皮で、あっさりと彼らの懸念を切って捨てた。


「艦隊戦力? ……そんな大艦隊がどこに……」


「うーん…ま、うまく乗ってくれるかは五分五分なんだけどね。でも、砲撃戦の強さは折り紙付きだよ? なにせ同じエルドラニアのガレオンだし、さっきみたくやられっぱなしにはならないはずさ。その上、僕らが嫌というほどその厄介さを知ってる彼らもいることだしね」


 聞いても信じられず、再び訊き返すサウロにますます奇妙なことをマルクは口にする。


「エルドラニアのガレオン? ……て、まさかそれって?」


 もったいぶった言い回しで語るマルクの意味深長な言葉に、ようやくマリアンネがその言わんとしていることに気づいた。


「ああ、そのまさかさ。オクサマ要塞にいるサント・ミゲル駐留艦隊にご足労いただく。僕らの盟友、〝護送船団〟っていう〝海賊〟を討伐してもらうためにね。ドン・ハーソン達も帰って来てるようだから、当然、彼らにもご参加いただくよ?」


 どうやら彼女の推測は当たっていたようであり、なおももったいつけながらマルクは作戦其之二オペラシオン・セグンドのあらましを説明する。


「つまり、護送船団を海賊船に誤認させて、同士討ちを狙うってことですか? でも、そんなことが……いや、『魔導書』の魔術を使えば、それも不可能じゃないか……」


 聡明なサウロはそれですべてを悟り、一旦はその無茶な作戦に疑問を呈するが、自分達の船長カピタン如何いかな人物であるかを思い出すと、すぐに前言を撤回する。


「けど、今の・・お頭じゃ魔術使えないよ? 誰がそんなハイレベルな芸当するの?」


「誰って、それはもちろんマリアンネ、君さ。錬金術と魔術は相通じるところがあるからね。普段から金属錬成の前に儀式をやっている君のことだ。きっとうまくできるはずさ」


 代わって今度はマリアンネがその作戦の難点を指摘するが、すると何を考えているのかわからない鉄仮面の魔術師は、さらっと彼女の予想もしていなかったことを言い始めた。


「あ、あたし? ……む、無理無理無理無理! ぜったい無理! あたし、悪魔なんて呼び出したことなんてないし、ましてやその悪魔を使役するなんて……」


「大丈夫だよ。なにも〝海運の守護聖人〟さんの相手をしろってんじゃない。それにこんなこともあろうかと、ちゃんと儀式の式次第書いて、『ゲーティア』の写本とペンタクルも用意しといたから。その式次第通り、いつもの錬成儀式のつもりでやればいいだけさ」


 その無茶振りに首をブルブルと高速で横に振って、全身全霊でお断りをするマリアンネであったが、マルクはさも簡単そうなことを言って彼女を説得する。


「や、やればいいだけさと言われても……」


「ま、いいじゃねえか。お頭がああ言ってんだから、きっとなんとかなるって。なんだかよくわからねえが、エルドラニアの艦隊同志で潰し合うってんならそいつは見ものだ」


「うむ。先刻の恥辱が晴らせるとあらば、それがしにはなんの異存もなし」


「右ニ同じネ! もしかして、あのチンピラ行かせたのもコノ布石だったカ?」


 無論、なおも難色を示すマリアンネだったが、何をどうするかまだよくわかっていないリュカ、キホルテス、露華の三人もすでにその作戦にノリノリである。


「さてと、そうと決まれば、サント・ミゲルに向けて全速前進だ。ああ、その前に護送船団へも手紙を出しとかなきゃ……露華、ちょっと船長室へ行って、棚から〝紙でできた鳥〟を持って来てくれるかい? この前の〝乳バンド〟が入ってたのと同じ引き出しだ」


 そして、マリアンネが引き受けるとも言ってないのに話を先へ進めると、続いてマルクは露華にそんな頼みごとをする。


「アイヨ! アノ〝神の授けし夢の宝具〟ガ入ってた棚ネ。チョット待ってるネ」


 すると、いつもの如くハキハキとしたよい返事を残して船尾楼へ駆けて行った露華は、時を置かずして、何やらクリーム色の鳥のような紙細工を手に帰って来た。


 それは羊皮紙を折ってハトみたいな形にした代物で、よく見るとその表面の所々に黒いインクで書かれた文字の列を認めることができる。


「なんだ、その護送船団への手紙って? そいつがそれか?」


「ああ。序列69番〝五芒星内の侯爵デカラビア〟の力を使って、予め手紙で作っておいた使い魔だよ。こいつで護送船団に予告状を出す。同士討ちさせるには、向こうにも海賊が襲って来たように思い込ませなきゃいけないからね。それにこれは例の〝連絡〟の意味もある」


 ガンをつけるようにして、訝しげにその紙の鳥を覗う目つきの悪いリュカに、マルクはそれを受け取ることもなく、椅子に腰かけたまま身じろぎもせずに説明する。


「じゃ、露華。そいつをマストの天辺から思いっきり放り投げてくれるかい?」


「アイアイサーネ!」


 そして、再び露華に指示を出すと彼女はまたよい返事を返して、マルクの背後にそびえるメインマストをするすると猿のように登ってゆく。


「サア、大空ヲどこまでも飛んで行くネっ!」


 あっと言う間にその長い柱を登り切り、マストの頂に脚を絡めて体を固定した露華は、そう叫びながら紙でできた鳥を勢いよく放り投げる。


 すると、それは海風に乗ってさらに上昇し、本当に生きているかの如くバサバサと翼を羽ばたかせながら、遥か彼方へと飛んでいった。


「よし。賽は投げられた…いや、今回は〝鳥〟は投げられただね。さあ、第二ラウンドのスタートだ。もうサント・ミゲルまで間がない。ここからは忙しくなるけど、みんな任せたよ?」


「オーっ!」×4


 ちゃんと使い魔の放たれたことを確認し、やはり椅子の上で檄を飛ばす鉄仮面の船長に、マストから下りた露華を含め、禁書の秘鍵団の団員達は気合とともに拳を天に突き上げた。


「お、お~……」


 ただし、マルクに無茶振りされたマリアンネだけは、気乗りしない様子のか細い声で――。

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