第Ⅱ章 新天地への旅路

第Ⅱ章 新天地への旅路(1)

「――なるほど。それでこんな急の出航になったわけだ」


 ガウディールの港から無事に脱出し、太洋に出て船の航行も安定したところで、禁書の秘鍵団のメンバー達は船長室に集まり、今後の方針について話し合っていた。


「ええ。そんなわけです。まさかこっちで羊角騎士団に出くわすなんて……ヤツら、なんで本国になんかいたんでしょう?」


 半円形に囲む団員達の真ん中で、船長席の椅子に腰かけた人物の言葉にサウロが尋ねる。


 その人物はフードの付いた黒い提督風のジュストコールを身に纏い、目深にかぶったフードの上から、さらに縁の三方が三角帽子風に折れた特異な形状のウッチ・ハットをかぶっている……。


 だが、その姿をもっとも特異としているのは、フードの下の濃い影に覆われた顔に不気味な鉄仮面を着けていることであろう。


「昨今の世界情勢から考えると、大方ビーブリストとの戦にでも借り出されたんだろうね。もともとは異端討伐が彼らの本業だし。そのまましばらく向こうに留まっててくれるとうれしいんだけど……」


 サウロの問いに硬く閉ざされた冷たい唇を動かすこともなく、その表情のない金属の肌の裏側からくぐもった声で鉄仮面の人物は答える。


「なんだ? そのビーバーだかリスだかってのは?」


 すると、リュカがその聞き慣れぬ単語に顔をしかめ、目つきの悪い顔をさらに人相悪くして尋ねた。


「預言皇庁の支配するレジティマム(正統派)教会に対して、その腐敗した体制を批判し、はじまりの預言者〝イェホシア・ガリール〟の教えを記した聖典ビィブリアに立ち帰ろうっていう人達だよ。だから、ビーブリスト(聖典派)」


「最近、その動きはエウロパ世界全土に広がり、それを認めないレジティマムとビーブリストとの間での紛争が各地で起こっている。そなたの故郷フランクル王国でも互いに殺し合いが繰り返されていると聞くぞ?」


「リュカ、オマエももう少し世の中のコトを学ぶネ。モノを知らなすぎネ」


 その問いには代わってマリアンネとキホルテスが答え、露華もシンプルな物言いで、彼の一般常識のなさに呆れたように嫌味を付け加える。


「うっせえ。どっちにしたって同じ穴のムジナだろ? 言うこと聞くいい子ちゃんしか救わねえ神さまの教えなんざに俺は興味ねえんだよ……で、どうするよ、お頭? いっそのこと、羊野郎どもが邪魔してくる前に力業でお宝を奪っちまうか?」


 だが、リュカは聞く耳持たずに悪態を吐くと、自分から訊いておきながら話題を変える。


「いや。旗艦サント・エルスムス号におともの重武装ガレオン六隻……当然といえば当然だけど、やっぱり護送船団方式できたからね。ガレオン一隻くらいなら単独でいこうかとも思ったけど、ここはかねてからの計画通りにいくしかないね」


 それでもお頭と呼ばれた鉄仮面の人物――即ち船長カピタンマルク・デ・スファラニアは考える間もなく、やはり硬い金属でできた無表情のまま、すぐさま淀みなくそう答えた。


「つまり、まずはトリニティーガー島に戻って、あの有象無象どもを騙し透かして計画に引き入れろってことだな。けど、あの欲望の塊みてえなクソ野郎どもが素直に騙されるかねえ」


 その答えに一応は納得するリュカだったが、腕を組むと眉間に皺を寄せ、そのかねてからの計画とやらに疑問を呈する。


「騙すとは人聞き悪いなあ、リュカくん。これはまっとうな商い取引だよ。なあに心配はいらない。助力してくれる対価として、彼らの欲しがりそうなものはちゃんと用意してあるからね。人は欲望が強ければ強いほど、むしろ騙されやすいというものさ」


 だが、船長マルクはその不気味な鉄仮面とは裏腹に、冗談めかした明るい口調でそう悪巧みの仕掛けを言ってのける。


「それに魔導書『ゲーティア』にある72柱の悪魔の内の序列第27番、言葉巧みに敵にさえ好意を抱かせることのできる〝美貌伯ロノヴェ〟を降ろして、うまく丸め込めるように魔術儀式もしておいたから心配いらないよ」


「って、やっぱり騙すんじゃん……」


 外見と中身のギャップに留まらず、言ってることとやってることにも齟齬のある油断ならない腹黒な船長に、そこにいる全員がシラけた目を向けて小声でツッコミを入れた。


「それじゃサウロ、それからドン・キホルテスとリュカも。向こうに着いたら手分けをして、ここに挙げた者達をパーティーにご招待しておくれ。サウロ、二人の面倒を頼んだよ」


 そのツッコミを気にすることもなく、マルクはそう言って机の上に置かれた一枚の紙を示す。サウロが覗き込むと、それは七人の〝ある人物達〟の名が記されたリストだった。


「おい、そりゃどういう意味だよ?」


「そうでござる。それがしも面倒を見られるほど落ちぶれてはござらん!」


 対してリュカとキホルテスは、その何か意味ありげな言い方に文句をつけるのだったが。


「浮世離れした騎士と乱暴者のワンコじゃ不安だってことネ」


「二人だけじゃ、まとまる話もまとまらなくなりそうだからね。ここはやっぱり、しっかり者のサウロちゃんがいないと」


 その理由にはマルクが答えるよりも早く、露華とマリアンネがそれぞれの言い方で、各々に彼らの社会適合性のなさを教えてやる。


「誰がワンコだコラっ! 俺は犬じゃなくてオ・オ・カ・ミだ!」


「フン。浮世の事柄など、誇り高き騎士道に生きる者にとって無用の長物……」


「アハハハ…確かに」


 不服そうに言い返すも、ますます自分達の不適合性をその発言で証明する二人に、相対的に褒められたサウロは喜んでいいんだか悪いんだか、苦笑いを浮かべることしかできなかった。


「招待状持ってくのはそれとして、露華の方は得意なとこで客人をもてなす料理を頼む。その間にマリアンネは今日仕入れた材料で武器弾薬の準備だ」


 いつものことなのか? そうした団員達の言い争いにも別段興味を向けることなく、文字通りの〝鉄面皮〟でマルクは平然と計画の説明を続ける。


「…ん? ああ、了解ネ! 我ガ陳家に伝わる辰国四千年の手料理を振る舞わせてもらうネ」


「うん。火薬の調合は任せといて……けど、ヒツジさん達に気付かれたのは少々厄介だね。向こうにはあの魔女さんもいるし、星占いでこっちの動き読まれちゃうよ? それに護送船団に加えてアルゴナウタイ号まで相手にするとなると……」


 その指示に、露華は本題を思い出すと両拳を握りしめて意気込みを見せ、一方のマリアンネも快く頷きはするが、そのすぐ後に羊角騎士団との一件について不安の表情を覗わせる。


「そうだね。確かにそっちも手を打っておいた方がよさそうだ……露華。君にはもう一つやってもらいたいことがある」


 するとマルクも少し考えてから、再び露華の名を呼んで追加注文を〝動かない〟口でする。


「アイヨ! なんでもエンリョせずに言ってくれネ!」


「なに、簡単な仕事さ。ちょっと逆ナンしてイキのよさそうな男を二、三人引っかけて来てくれればいいだけだよ」


「ぎゃ、逆ナン? あ、アタシ、そんな経験これっぽっちもナイし、色気もナイし、そ、そういうのゼンゼン自信ナイヨ!」


 はきはきとした声で安請け合いする露華だったが、その思いもよらない仕事の内容を聞くと顔を赤らめ、あたふたと言い訳をし始める。


「大丈夫だ。そこの衣装棚の一番下の引き出しを開けてみてくれるかい? こんなこともあろうかと前から用意しといたんだ。そいつを使うといい」


 おもしろいほど両手をバタバタとさせてテンパっている露華に、マルクは壁際に置かれた木彫入りの立派な棚の方へと鉄仮面に描かれた作り物の目を向ける。


「ん? …………お頭、ナンだ、コレ?」


 その言葉通りに棚の引き出しを開け、中に入っていたものを掴み上げてみると、それは一本の革ベルトに綿入れの大きな山形パッドが二つ付いた代物だった。


「ソロモン王の72柱の悪魔の内、序列第12番〝偉公子シトリ〟の愛の魔法をかけた乳バンドだよ。そいつを着けさえすれば、君のバストもお色気も当社比三倍増しだ」


「ち、乳バンド……って、も、もお! それ、セクハラだよ、お頭! いくら海賊でも今の世の中、そういうのには厳しいんだよ!」


 淡々と、その女子にとっては非常にデリケートな問題について語るデリカシーのないマルクに、今度はマリアンネの方が顔を真っ赤にして、プンスカと拳を突き上げながらカワイらしく抗議をする。


「三倍増し……コレ、スゴくイイものネ……」


「えっ……」


 しかし、当の露華の方はとえば、その大きなパッドとカンフー服に包まれた平たい胸を交互に見比べ、なんだかその瞳をキラキラと輝かせている。


「ともかくも、まずはトリニティーガー島のアジトへ帰ってからだ。今は海路を急ぐとしよう」


 露華の思わぬ反応に振り上げた拳を宙に止め、ハトが豆鉄砲くらったような顔でマリアンネがとなりを振り向く中、船長マルクは仲間達にそう告げると、その見開かれた作り物の瞳で遠く海の彼方にある新天地を幻視した――。


※挿絵↓

船長マルク

https://kakuyomu.jp/users/HiranakaNagon/news/16818023212187463853

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