第17話 魔法習得の条件
祐樹は今晩も消化しきれない情報ではちきれそうな頭を抱えて宿舎に戻ってきた。扉を独特のリズムをつけてノックすると、中からかすかににゃあという猫の鳴き声が応える。
「祐樹です、開けて」
重たいかんぬきをはずす音がして、扉が開く。祐樹はあたりを見回して
「お帰りなさい」
深夜にも関わらずフォルナリーナが笑顔で迎えてくれる。一方テーブルの上では黒猫ピケットがのんびりと顔を洗っている。祐樹は変装のつけひげをむしり取ると、ペンダス商人風の刺繍入りのゆったりとしたマントを脱いで椅子に引っかけた。そのまま椅子にへたりこむ。
「はあ、疲れた。もう頭が割れそうだよ」
(で、本日の首尾はどんな具合?)
ピケットがエメラルドグリーンの瞳で祐樹の顔をのぞき込む。祐樹はびっしりと文字が書き写された皮紙の束を机の上に投げ出しながらため息をつく。
「これが今日までに暗記した呪文。使いそうな物を優先して覚えきれないのは書き出してきた。これまでの分と全部合わせて数百はある」
「一つくらい試してみた?」
「試してみたけど全然だめだった。結局、呪文をいくらたくさん覚えた所でダメなんだ。魔法はそう簡単には使えないものらしい」
「……そう」
フォルナリーナが残念そうに唇をかむ。
祐樹はその顔を見ていたたまれない気持ちになる。
彼女が偽装夫婦を演じてまで彼の魔法に期待するのは、ドラクから国を取り戻す戦力としてのことだ。それはわかっているのだが、まるで自分のことのように気遣う様子を見ると、つい勘違いしそうになる。
「さんざん調べてはっきりしたのは……」
彼は頭の中のモヤモヤを吹き払うように、努めて明るく声を出す。
「……魔法の発動には四つの要素が必要だということ。素質、媒質、導師、そして血統。今の僕に仮に当てはまる可能性があるとしたら、かろうじて最後の一つだけだ」
(ふむ、なるほどね)
「でも、血統だけはいくら願っても身につけられる物ではないし。考えてみれば、伝説の大魔法使いと呼ばれる人物は、揃って黒い髪に黒い瞳だわ」
「伝説?」
「ええ、おとぎ話に出てくる〝魔法使いルッコ〟は漆黒の髪に夜の瞳だって歌われてたわね」
(おいおいフォル、それは子ども向けの吟遊詩だろ?)
黒猫が呆れたように口を挟む。
「でも、まったくの作り話でもないと思うわ。それに、父の話ではダイソック・タトゥーラも黒髪の偉丈夫だって言ってたし……ユウキも条件には当てはまるのよ」
「……だといいなあ」
それとなくなぐさめてくれているのが良くわかるだけに、ふがいない自分が一層情けなく感じる。
「……ところで、他の三つを見つけられる可能性はあるの?」
「素質、媒質、導師……うーん、どうだろう」
祐樹は眉を寄せて考え込む。その顔をピケットが物言いたげに見上げるが、結局そのままヒゲの手入れに戻ってしまう。
「ただ、収穫が無いわけじゃない」
「どんな事?」
フォルナリーナが料理を並べながら尋ねた。
「失われた緑化魔法の話だ」
「緑化?」
「ああ。実は、図書館長に聞いたんだけど……」
館長はごくまれに閲覧室に姿を見せる。筆頭司書として、図書館を訪れる賓客を出迎えるためというのが大部分だが、その行き帰りにふらりと祐樹の陣取っている閲覧机に寄ることもある。
「父は……ダイソック・タトゥーラは、すでに失われた緑化魔法を探し求めていたらしいんだ」
館長の話によると、昔は緑化魔法を司る大神殿が大陸のほぼ中央にあり、それを補助する小規模な神殿が大陸のあちこちにあったらしいという。
「で、神より選ばれた神官が、ええと〝アバン〟と呼ばれる家系らしいんだけど、一子相伝で代々神殿に仕えて法を守っていたらしい。だけど……」
祐樹が最初にこの世界に足を踏み入れた、燃え落ちた小屋の跡地。周囲は見渡す限り荒れ果てた荒野で、緑化という言葉にはもっとも縁がなさそうな場所だった。
ダイソック・タトゥーラは、あんな場所で一体何を探していたのだろうか。
「そういえば、私も前に父に聞いたことがあるわ。小麦を……不作にあえぐ農民達のために、小麦の栽培技術を探していたって」
「……たぶん、その繋がりだろうね」
「でも、気持ちはわかるわね。この大陸には確かに雨が少ないし、土地も痩せている。せめて、もう少し作物が育てやすくなれば、国はもっと潤うはずだって、私だって思うもの」
フォルナリーナの言葉に祐樹はかすかな引っかかりを感じる。
「……国が潤う……決して悪い話じゃないよね?」
「どういうこと?」
「いや、君のお父上が王位を追われ、僕の父が殺された理由を考えてたんだ」
その言葉に、フォルナリーナがさっと顔色を変える。
「理由!? それはドラクが!」
「そこだよ! ドラクが、クーデターという強引な手を使ってまで国を乗っ取ったのは一体なぜなんだ?」
「だからそれは——」
「フォル、考えてみてごらんよ。君のお父上と僕の父が追い落とされたのは、緑化魔法の復活を目指していたまさにそのタイミングだ。仮にドラクが国を欲するのなら、なぜもう少しだけ待って、国が潤い始めたタイミングを狙わなかったんだろう?」
(僕だったら、痩せたネズミより太ったネズミを狩る方がいいなあ)
ピケットのつっこみに、二人は思わず黙り込んだ。
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