第18話 古の神殿

(ところでさ、その緑化の魔法って具体的にどんな魔法なの? まさか呪文を唱えたらあたり一面にさっと緑がよみがえる……)


「いや、それは違う、らしい」


 祐樹は館長の言葉を思い出しながら答える。


「まず、神殿を探さなきゃいけない。そして、神殿に仕える神官も」


(神殿の場所の手がかりは? 古い地図とかはないの?)


「うーん、どうだろうな。それに、仮に場所がわかったとしても、ほとんど地面の下に埋まっているだろうし……」


(まずは神殿を見つけて掘り出さなくちゃいけない。それに血の繋がりが不可欠なのだとすれば神官アバンの子孫も捜さなきゃだめだ)


「今は、そちらに時間を取る余裕はないわ!」


 フォルナリーナが強い口調で祐樹とピケットの会話を遮った。

 確かにそうだ。フォルナリーナがじれる気持ちは良くわかる。

 ペンダス商人の若夫婦を名乗ってここに部屋を借りてから、まもなく一ヶ月になる。

 連日、深夜までの図書館通いで祐樹の脳みそはもはや破裂寸前だった。しかし、自分がフォルナリーナの過大な期待に応えていくらかでも役に立てそうだという確信も能力も、いまだに見いだす事はできない。

 焦りばかりが日増しに強くなるばかりだった。


「……それより夕食にしましょう。せっかく作ったんだから冷めないうちに食べて!」


 重くなってしまった場の空気を吹き払うように、フォルナリーナは明るい声で二人を誘う。

 実際、フォルの料理はかなりの腕前だった。


「日本でもたくさん調味料やレシピを仕入れたから」


 彼女はそう謙遜するが、食事のたびに祐樹が口にする誉め言葉にやる気が沸いたという。

 毎朝早くから欠かさず市場に出かけ、安くて新鮮な素材を見繕うと、手の掛けた独特の料理を次々と披露してくれた。

 日々の地道な研究も欠かしてはいないらしい。


「そうだね」


 小さくため息をつくと、祐樹はとりあえず目の前の料理を味わう事に意識を集中しようと思い直す。


「このジャガイモ美味しい」

「それ、ジャガイモじゃないの。どうやらカボチャの一種らしいわ」

「え? じゃあ、このにんじんは?」

「それは赤イモっていう根菜」

「……はあ、似ているようでやっぱり異世界なんだなあ」

「そうね。あ、でもこれはちゃんとニワトリだよ」


 フォルナリーナが丸鷄の岩塩包み焼きにバリバリとナイフを入れながら話題を変える。


「ねえ、私の方も収穫があったよ。ドラク商人の情報なんだけど」


 そこで一旦言葉を切り、切り分けたチキンを祐樹と自分のお皿に移す。別の皿にサラダを取り分けると、肉の残りの部分、骨周りの脂の少ない部分はピケットの前に置いた。


(フォル、骨付きはきらいじゃないけど、できればもっとジューシーな部分が食べたいなあ)


「太るわよピケット。日がな一日何にもしないでごろごろしてるくせに」


 ピケットのリクエストをにべもなく粉砕するフォルナリーナ。黒猫は悲しげに小声でにゃあと鳴く。


「そんな事より聞いて。紹介してもらった大商会の主人に教えてもらったんだけど、どうやらドラクの商人は独裁的なギルド制度でがんじがらめらしいわね」

「ギルド? 探索者ギルドみたいな?」

「ううん」


 フォルナリーナは表情を曇らせて首を横に振る。


「いえ、あんな風に出入り自由だったり、国を横断して融通を利かしてくれる便利な存在じゃないみたい」

「へえ、じゃあ、どんな?」

「ドラク帝国には、王宮が直接管理するギルドしかないらしいの」

「職業別とか、そういうのもないの?」

「それもないらしいわ。ありとあらゆる商取り引きを、ただ一つの巨大ギルドが管理して高い取引税を取るの。その上、三代以上前からメンドラクに拠点を持っていない者はそもそもギルドに加入できない」

「え? それじゃぁ」

「そう、他国の商人が立ち入る隙は一切無いわね」


(厳しいな)


 ピケットの感想に祐樹も頷いた。


「しかも、マヤピスここに駐在するドラクの商人も、ドラク兵が警備する公館から一歩も出てこないそうよ」

「え?」

「価格交渉も仕入れも、全部地元ここの御用業者が公館に出向いて取引するんだって。交渉自体も全てドラク兵の監視下で行われるらしいし……」

「そこまで徹底しているとある意味すごいな」

「ついでに言えば、ドラクの商人は自由に旅行も出来ないって。街の門はもちろん、国境の警備がとにかく半端じゃ無いらしいし。もちろん国外から入る時も厳重なチェックがあって……」

「まずいなあ、そんな状態で俺たちうまく入りこめるのかな」


 祐樹はしかめ面でフォークを肉に突き立てた。


「かなり、いえ、正直予想もできないくらい困難だと思う」


 フォルの返事を聞いて祐樹は考え込んだ。


「あ、今からそんなに考え込まないで。ね、それよりも今日の料理はどうかな? 結構自信作なんだけど」


 気落ちしているように見えたのか、フォルナリーナは明るい声で祐樹に訊ねる。


「……めちゃくちゃおいしい。脳みそに浸みる」


 一方祐樹は頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする。フォルナリーナは一瞬虚を突かれたような顔つきになったが、口元がにまにまと緩み、耳たぶがじんわり赤くなった。


(また、微妙なほめ方だね)


「本当だよ。朝から晩まで図書館でかっさかさに乾いた魔道書読んでるだろ、そのうちに栄養が全部魔道書そっちに吸い取られるような気がしてくるんだ」


 言いながら、乾燥してあかぎれだらけの両手を広げてみせる。


「ほら、手なんかもぼろぼろだし」


(うーん。可能性はあるな。あの手の本は不思議に古びないしね。読む者の生気を吸っているとすれば……)


「おい、脅かすなよ」

「でも、確かに最近少し痩せたよね。私も結構頑張って栄養のあるもの作っているつもりなんだけど」

「いや、そこは本当に感謝しています。これだけ美味しい料理が作れればいつでもお嫁に行けるね」

「なっ……」


 不意に黙り込んでしまうフォルナリーナ。顔を伏せているので表情までは判らないが、エプロンを両手できゅっと握りしめ、耳たぶどころか首筋まで赤く染まっているのに気づいて祐樹は慌てて立ち上がる。


「あ、ごめん。何か気に障ったのなら謝るよ」

「な、何でもない! 何バカなこと言ってんのよ」


(ばかだねぇ)


 黒猫はそう思考すると前足をぺろりとなめた。

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