第13話 魔法学入門
マヤピスに入国した翌朝から、祐樹は毎日図書館に通った。
彼らがマヤピスを訪れた目的は、第一にドラク帝国についての情報を集めること、第二は祐樹の魔法習得にある。
だが、魔道士の血が流れていると言われても、今の祐樹には爪先に火をともすことすらできない。
この世界についても何の知識もなく、子どもでも簡単にこなす野営や狩りの仕方すらいまだにおぼつかない自分が恥ずかしかった。
せめて、フォルが人生を賭して自分を探していたという期待には応えたい。それだけは強く思う。
そんな気持ちから、朝から晩まで閲覧室に陣取って、三日かけて十冊ほどの魔道書を読みくだした。
最初はこの世界独特の言い回しと飾りの多い文字の判別にてこずったものの、内容自体はそこまで難しくなかった。いくつかの呪文と、それによって発現する現象が平易な文章で羅列されているだけだ。銅版画の挿し絵がふんだんに添えられているのも助かった。
だが、もっとも簡単だ、と評されている〝指先に明かりを灯す魔法〟をいくら唱えてみても、術が発現する気配はまったくなかった。
「先は長そうだな」
どうやら、魔法の発現には、
祐樹は小さくため息をついた。
このあと読むことになる二百数十冊の魔道書にそのヒントはあるだろうか?
言われるまでもなく、フォルナリーナは祐樹の魔道士としての血筋に過剰なほどの期待を寄せている。だが、これまでのところ、彼はその大きな期待に応えられる自信がまったく持てないままでいた。
「ふう」
「なぜそんな陰気な顔をしているのです? 生まれつきですか?」
「うぉ!」
いきなり背後から声をかけられて飛び上がる。
「なんだ、あなたか」
「あなたか、とはずいぶんな言い草ですね。それよりも、ここ三日間、お渡しした資料について、感想をお伺いしたいのです」
「感想?」
「ええ、具体的に、ご自身の興味と資料の内容に齟齬はないか、わかりにくかったり、不足している情報はないか、遠慮なく意見をおしゃって下さい」
「ええと……」
祐樹はもっと具体的に、この世界に伝わる〝魔法〟について知りたいのだと答えた。
「単なる呪文集ではなく、原理や発動条件、つまり、本気で魔法を使うために、基礎から体系的に知識を得たいんです」
「それはつまり、あなた自身が魔法をあやつるおつもりがある、と?」
「ええ、そう期待されています」
「……無謀ですね」
一言で切って捨てられて思わず凹む。
「魔法は失伝した過去の技術です。私の知る限り、現代において魔法を行使できる人間は存在しません。まあ、古文書もたくさんありますし、概念や伝承は多く伝わっていますから、かつてそのような能力者がいたのだろうと推測はできます。ですが、まったく現実的ではありません」
「そう、なのか?」
祐樹は頭を抱えた。
フォルナリーナは祐樹の父ダイソックを当然のように〝大魔道士〟と呼んでいたし、実際に世界を渡る
あるいは、国や地方によって認識に差があるのだろうか?
「……でも、まあ、それを承知で、それでもなお知識を得たいというのなら、私は協力を惜しみません。マヤピスの司書は知恵の神に仕える者ですから。ではまた明日」
彼女はそれだけ言い残すと、祐樹が傍らに積み上げた書物をひょいと拾い上げ、そのまま閲覧室を出て行った。
「本日の資料はこちらになります」
翌日、相変わらずの仏頂面で祐樹に書物を示したのは昨日の女性司書だ。
「はっきり言って、昨日までの資料に大した価値はありません。見た目だけは豪華ですが、中身はスカスカです」
「おい!」
いきなりの爆弾発言に目が点になる。
「あの類いは、〝魔道書を持っている〟という貴族の虚栄心を満たすための単なるゴミなのです」
「オイ! なんだよ!」
「失礼ながら、私はあなたの本気を疑っていました。そういう方は普通、二、三日で姿を見せなくなります。興味本位の不埒な閲覧者を排除するのも私たちマヤピスの司書のつとめなのですよ」
祐樹はため息をついた。自分より明らかに年の若い司書に値踏みされていたのかと思うとちょっとやるせなくなる。
「まあ、あなたは冷やかしではなさそうですけどね」
「……一応、ユウキっていう名前があるんだけど」
「そうですか。では、ユウキ様、今日からが本番です。覚悟して下さい。手始めは、これです」
渡されたのは絵本のような薄い書物。だが、明らかに昨日までの物とは風格が異なっていた。とにかく古そうなのだ。
「健闘を祈ります」
それだけ言い残すと、彼女はほとんど足音も立てずに姿を消した。
健闘を……、と言われるだけあって、今日の書物は確かに強敵だった。
簡素な製本のわりに、これまでの本ではまったく触れられていなかった原初の魔女の出現にまつわる故事から、魔法の原理についても一通り触れられている。
だが、表現が恐ろしく難解で、何を言っているのかよくわからない。
「くそ、また試されてる?」
思わずそう疑いたくなるほどだった。
ほんの数ページを読み下すのに何時間も費やし、食事も休憩も忘れてなんとか最後のページにたどり着いた時には、閲覧室に残っているのはもはや彼一人だけだった。
苦行のような閲覧は翌日も、その翌日も続いた。渡される本の冊数はまちまちで、一冊だけの事もあれば、まとめて十数冊をドサリと手渡されることもあった。
だが、絶妙な調整がされているらしく、閉館まで粘って読み残しが出ることは一度もなかった。
祐樹はこの若い司書の手腕に舌を巻き、その的確なレファレンスを次第に信用するようになった。
だが、一週間目の朝、司書はなぜか彼に資料を渡そうとはしなかった。
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