第11話 門前町にて
襲撃されたキャンプから少しでも離れようと一晩中休みなく歩き続けた一行は、朝日が昇る頃、川沿いの街にたどり着いた。
「へえ、けっこうしっかりした防壁だね」
街道と街との境界には高さ三メートル、両手でようやく抱えられるほどの太い丸太がみっしりと打ち込まれ、塀のように街全体を取り囲んでいた。
丸太同士は太い麻紐でつながれ、外側にはトゲだらけのいばらが鉄条網のように絡められている。
「狼よけというには造りが頑丈すぎる気がするんだけど?」
「ええ、ここはマヤピス本島に向かう最後の宿場街だから。マヤピスに通じる三本の街道にはどれもこういう感じの門前町があって、いざという時には外敵の侵攻を防ぐ砦の役割を果たすらしいわ」
「へえ」
相づちを打ちながら祐樹が丸太に手を伸ばそうとしたところで、黒猫が二の腕に飛び乗ってきた。
(その塀には触らない方がいい。いばらのトゲには毒がある)
「えっ!」
黒猫は慌てて手を引っ込めた祐樹の肩にひらりと飛び移り、耳のそばでフォルナリーナに聞こえない程のかすかな思念を送ってきた。
(フォルが弱ってる。気にかけてやってくれよ)
それだけ言い残すと、すたっと飛び降りてフォルナリーナの隣に駆けていった。
祐樹は少し離れて前を歩く黒猫とフォルナリーナの後ろ姿を見つめながら、昨夜の出来事をあらためて思い起こしていた。
あの襲撃者たちはお世辞にも優れた暗殺者とは言えなかった。
本気でターゲットの命を奪いたいのであれば、あんな素人同然の人間は雇わないだろう。むしろ、襲撃が失敗することは最初から織り込み済で、フォルナリーナに護身刀を見せつけることが目的だったように思われる。
「だとすると……狙いはなんだろうな?」
祐樹は口の中で小さくつぶやき、頭の中を整理する。
あの中年男が言う依頼人、〝背中の曲がった小男〟とやらは、フォルナリーナを脅したかったのではないだろうか?
〝お前の正体を知っている。いつでも殺せるぞ〟
あの護身刀には、そんな悪意が込められているように感じられた。
「私、先に休むわね」
街に入り、宿泊の手続きを終えたフォルナリーナは短く言い残すと、そのまま部屋に引きこもってしまった。
取り残された祐樹と黒猫ピケットは顔を見合わせ、手近の椅子に座り込む。
夜通しずっと歩き続けたため、疲労に加えひどい睡眠不足だったからだ。
「フォル、思ったよりダメージを受けてるな」
(そりゃそうだよ。あの刀は、王妃の死に際にそばにいた者じゃないと手に入れられない。下手したら直接手を下した人間が奪ったのかも知れないんだぞ)
「……だよなあ」
テーブルに突っ伏して祐樹は大きなため息をつく。
実を言うと彼は、フォルナリーナが亡国の姫だという言い分については半信半疑だった。
恋人を寝取られ、元の世界で恥をさらしたくなくて、フォルナリーナの誘いを逃げ道にしてにして何となく付き従ったようなものだ。美人の誘い文句にホイホイ乗った間抜けと言われても、まったく反論のしようがない。
だが、ここに来て彼女の話はにわかに信憑性を増した。それどころか彼自身、命の危険すら感じられる状況になってきた。自分の判断が果たして正しかったのか、祐樹は自信が持てなくなった。
「兄さん、マヤピスの地図はいらんかね?」
突然呼びかけられて我に返る。
「地図?」
「ああ、見たところ、兄さんも図書館目当てじゃろ? 当代随一の大図書館で何を学ぶおつもりか?」
肩から下げたずた袋に、筒状に丸めた皮紙をびっしりと詰め込んだ白髪の老人が話しかけてきた。心の内を見透かすようにじっと顔をのぞき込まれ、祐樹は思わず目をそらす。
「……マヤピスを目指す者は皆、自分の道を探し求めておられる」
と、老人は、まるで僧侶のようなことを言い出した。
「いや、別に恥じ入ることはないぞ。迷うのは若者の特権じゃからて。儂のように老いぼれる前に、存分に迷われ、学び、おのれの道を掴みとりなされ」
そう言うと、祐樹の眼前に皮紙を広げる。
「で、じゃ、迷ったときの助けにはこれが必要じゃ。銅貨三枚」
さらに反対の手のひらをずいと差し出した。
偉そうな説教の挙げ句が
「……そうだ。簡単なことだ。彼女の力になりたい。ただそう思っただけなんだ」
礼のつもりで銅貨を老人の手に落とすと、彼はニヤリと笑い、あっという間に姿を消した。
(おいおい、街路図ならマヤピスの門衛からタダでもらえるんだって。あっさり騙されてんじゃないよ! バカだなあ)
「いいんだ。あの爺さんは僕に道しるべをくれた」
(金取られてんじゃん)
「そういう意味じゃないんだよ」
(はぁ? 何いってんの?)
黒猫が呆れた口調でブツブツ文句を言うが、祐樹はマヤピスを目指した目的を改めて思い出させてくれた老人を恨む気にはなれず、心の中でそっと頭を下げた。
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