第8話 冒険の準備
ギルドを出た一行は、賑やかな表通りを歩く。
道端には露店が所狭しと並び、行き交う人々の声が活気に満ちていた。
と、不意にフォルが何かに気づいたように立ち止まり、振り返ると祐樹の姿を上から下までまじまじと見やる。
「な、何?」
「その服、やっぱり浮いてるわね」
祐樹は相変わらず安物のビジネススーツに身を包んでいたが、この世界にはないデザインのためか、道行く人がチラチラといぶかしげな視線を向けてくる。
「うーん、やっぱり……」
フォルはそのまま黒猫と頷きあうと、路地を通り抜けて裏通りに入る。
人影がまばらな裏通りには、槌を振るう音や鋸を挽く音など、表通りとはまた違う喧噪が満ちていた。
「ほら、あそこ。装備を揃えましょう」
フォルは剣と盾の看板を指さし、祐樹の手を引くようにして店に入った。
「武器か、それとも装備か?」
体格のいい装具屋の
「彼に合う
フォルの言葉に主人は無言で頷いた。
祐樹がはめていたソーラー式のフィールドウォッチがその代価になった。腕時計を初めて見たであろう彼はそれを宝飾品と判断したらしい。けっこうな高値で買い取られ、必要な品をすべて買い求めても、贅沢さえしなければ数ヶ月分の生活に足る資金を手元に残す事ができた。
「へえ、結構涼しいな。それに思ったよりずっと歩きやすい」
祐樹はフォルに一から十まで見立ててもらった装束を身につけ、その場でくるりと一回りしてみせる。
「そうでしょう?」
フォルは両手を胸の前で組み合わせ、まるで自分が誉められたようにはしゃいだ声を上げた。
「これは、山岳地帯を歩いて水源や鉱脈を探す
フォルはそう解説した。
祐樹にあてがわれた衣装も基本的には彼女と似通ったデザインだったが、男性用だけあって生地は分厚く、シルエットはかなり直線的だ。上衣の色は鮮やかなコバルトブルーだが、フォルのような装飾は控えめだ。カーキ色のボトムと合わせてみるとそれほど派手でもない。
「うん、これはいい!」
祐樹が嬉しかったのは、すねまでしっかりと覆うブーツだった。適度な弾力の中敷きは足裏のマメに響かず、でこぼこの地面でも格段に歩きやすい。
それまで履いていたペラッペラのビジネスシューズよりかなり重量があるはずだが、セミオーダー仕上げのためか、足全体をほどよく包み込み、まるで重さを感じなかった。
「あとは……これだな」
そう言って主人に手渡された短剣は、彼女のそれより一回り大きい。
悩んだ末、祐樹は短剣を腰ではなく腰の後ろに水平に吊すそうと考えた。
高校の剣道師範に一度触らせてもらった日本刀よりは軽いが、慣れない帯剣はとにかく邪魔で歩きづらい。そもそも、祐樹は刀の類いなどまともに振ったこともない。
実際には使うこともないだろうと思ったのだ。
だが、この世界の流儀に照らすと相当奇妙な注文らしい。
「うーん」
祐樹のリクエストを聞いた装具屋の主人は、唸ったまま眉を寄せて考え込んだ。
「ダメでしょうかか?」
「いや、ダメとは言わねえが、それじゃ目立たねえだろうが?」
主人いわく、旅人が武装を隠すのは愚かなことだという。この世界では、なるべくわかりやすく武装を見せつけ合うことで致命的な衝突を防ぐ、という考えが浸透しているからだ。
「まあ、やってみるか」
主人は作業場にどっかりと座りこむと、早速材料の皮を広げ始めた。
「僕の発想はそんなに変なのか?」
「まあ、こっちでは武装を隠すのは
道行く人が誰一人武器を持ち歩いていないのが当たり前の祐樹にとって、武器を見せびらかすという発想そのものが理解できない。
「まあ、抑止力って感じかしら。反撃能力があることをわかりやすく示して、襲うのを思いどどまらせる的な?」
「……こっちはそんなに治安が悪いの?」
「街中は大丈夫だけど、一歩街を出るとね。街道には普通に山賊が出るわ」
「僕ら、襲われなかったけど?」
「さすがに人っ子一人いない荒れ地にはいないわよ。でも、この先は街道を使うつもりだから、覚悟してね」
違和感はあるが、それなら祐樹にも納得できた。だが、それならなおさら動きにくいのは困る。
主人となんどもやりとりしたあげく、まあまあ使い勝手の良さそうな特注の剣帯が完成した頃には、通訳を担当したフォルも、延々待たされたピケットも半分呆れ顔をしていた。
唯一満足顔なのは珍しい注文を見事にこなした装具屋だけだ。祐樹の背中をどやしながら親指を立てて片目をつぶってみせる。見るからに駆け出しの探索者にちょっとしたサービスで応えたつもりらしい。
祐樹は苦笑いでそれに応え、装具屋を後にした。
「それで、僕らはどこに向かうんだ?」
宿に戻った頃にはもう日も暮れかけていた。フォルの提案で、一階の食堂兼酒場で夕食をとりながら打合せをすることになった。
「そうね、このまま山沿いの街道を西にマヤピスの街まで抜けて、そこから川に沿ってゼーゲルの港まで。そこからは海岸線を東に進もうと思うの」
フォルはギルドで買い求めた大陸全図を広げ、ほっそりとした指で彼にルート示す。
「次の目的地マヤピスまでは、〝回廊〟からこの街までの距離のおおむね六〜七倍くらいかしら」
「でも、最終目的地はここなんだろ?」
祐樹は、オーストラリア大陸にも似た角張った地形をなぞり、北東の海岸にある見事な扇状地を指さした。
「来た道を東に戻って国境を越える。そこからグラテ川を下れば、後はまっすぐメンドラクの街に入れるんじゃないのかな?」
祐樹はスプーンを口にくわえ、現在地と目的地を両手の人差し指でそれぞれ指し示す。
これならば、彼女の提案する大回りの海沿いコースより、旅程をざっと三分の二に短縮できる。
「これだと半分近い行程で行けると思うけど」
「それは駄目よ」
「なぜ?」
「ドラクの支配になってからメンドラクの街がどうなっているか、全然わからないの。ギルドの娘も言ってたでしょ。往来が絶えてるって」
「なんで? 鎖国してるとか?」
「真相は私もわからない。ともかく、庶民は気軽に国外に出られないみたいね。だから国境を越える前にもっと情報を集めなきゃ」
フォルは真顔で力説した。
「マヤピスは
「あ、なるほど」
祐樹は大きく肩を落とした。
何も知らないことをあらためて情けなく感じてしまう。
実際、フォルの手助けどころか、このままでは逆に足手まといになってしまいそうで心配になる。
「それに、マヤピスにはこの大陸最大の図書館があります。あなたには、しばらくそこに通って色々学んで欲しいと思ってます」
祐樹の自信なさげな表情を見たフォルは、不意にすまし顔になると、教師のような口調で祐樹を諭す。
(君はもっとこっちの事情に通じる必要があるんじゃないか? それに、図書館には魔道書もわんさかあるんだ。君はそれを一通り頭に叩き込む必要がある。いつまでたっても役立たずはイヤだろ?)
「あーはいはい」
多数決でも勝てない。いや、待て。
祐樹は黒猫をじっと見つめ、彼の言葉を反芻する。
「なんだいその〝魔道〟って?」
(魔道は魔道だよ。最初の日に話しただろ。君は魔道士夫婦の息子なんだから、生まれつき素養はあるはずなんだよ)
黒猫もまた、祐樹の目を下からのぞき込むように顔を上げた。
「いや、え、そんな話なのか?」
「確かに、魔道士の素養は親から子に伝えられると言われているわね。特に、父親から男子に最も強く受け継がれるとも」
(少なくとも、素養がない人間がいくら逆立ちしたって絶対に身につけられない技能である事は確かだね)
「遺伝……するものなのか?」
「ええ、期待してるわ」
(君は結構抜けていそうだから、人並みの努力じゃ追いつかないだろうけど)
相変わらず祐樹を下に見る黒猫に、彼は思わず言い返す。
「うるさいわ、この駄猫!」
(なんだと、このダメ人間!)
地図をトントンと指で突き、 フォルは二人の言い合いに自然に割り込む。
「そんなことより、二人とも気づいてるかしら? マヤピスまでは二週間ぐらいかかるんだけど……」
言外に〝ケンカしている場合か?〟と問われた気がして、祐樹はそれ以上の文句をぐっと飲み込んだ。
「……ごめん」
「ピケット?」
(……ふん、悪かったよ)
ふて腐れる黒猫。だがその耳はぺたりと倒れている。
「できれば明日中に隣の宿場まで行きたいから、朝は早めに出たいわね」
にらみ合ったままの祐樹とピケットはその一言でお互いフンと顔をそむけて立ち上がった。
二人と一匹が二階に上がったしばらく後、店内で彼ら一行をしきりに伺っていた背中の曲がった小男がゆらりと立ち上がる。
彼は無言のまま裏口に出ると、宿屋の馬を盗んで祐樹らの打ち合わせたコースとは逆方向に走り去った。
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