第33話 それぞれの心理戦(1)

 メンドラク城下の船乗り相手の小さな宿屋、ペリカン亭の一室には、反ドラクの動きをあおり続ける張本人、アナフラのメンバーが密かに集結していた。


「もう、最初の噂は俺達の手を離れたな。後は放っといてもどんどん広がるだろう」


 長身の目つきの鋭い若者、スケイリーが扉の脇に寄りかかったままでつぶやいた。


「さて、次はどうする? ユウキ」


 ソバカスだらけの目の大きな少年が窓から外を眺めながら問いかけた。

 祐樹は海路ドラク帝国に密入国を果たす事に成功していた。

 スケイリーに勧められるままにペリカン亭に居候することにし、フォル奪回に向けて彼らと共同作戦を開始していた。


「そうだなあ。肝心のフォルの居所は判ったかい?」


(ドラク城のどこか。多分北の尖塔だと思うんだけど)


 部屋の真ん中のテーブルからピケットが答える。


「北の尖塔……ね」

「あそこは城内でも最も警戒が厳重ですぞ。忍び込むのはまず不可能でしょうな」


 テーブルの片側では、厳しい顔つきの年長の男が静かに客観的に感想を述べた。

 祐樹はテーブルのもう片方でしばらくだんまりを続けていたが、ひとつ大きく息を吐くと立ち上がった。


「リーダー」

「呼び捨てでいいって言ってるだろ」


 スケイリーが照れくさそうに頭をかいた。


「リーダーはもうひとつ噂を流してくれよ。フォルは城に監禁されていて、結婚を承諾しないもんで、毎日ひどい拷問を受けているってやつ」

「オーケー」

「次は、コプライ。君はドラク側の要人を何人か知ってるかい。なるべく発言力のある奴がいいな」

「すぐにでも名前を挙げられるよ。みんな悪徳商人ばっかりさ。まずバーコンだろ、それから……」

「ああ、後でそいつらの屋敷を見物に行きたい。案内してくれるかな? それから本人が立ち寄りそうな場所とか、手に取りそうな物とか、とにかくなるべく本人に近い関わりがある所にできるだけ近づきたい」

「いいよ、お安い御用だ。一体何やんのさ」

「うん。そいつらの夢にビムロス・アーネアス王の亡霊を出演させようと思って。王の呪いを体験してもらう」

「へーぇ!?」


 窓際のソバカス少年は大きな目さらに見開いて派手に驚いた。


「僕の魔法では実力行使ができないからね。インチキ手品でどうにかするしかないんだよ」


 それを聞いた少年はきまり悪そうな苦笑いを浮かべると後ろあたまをボリボリと掻く。


「それはオレが悪かったって。だって、うわさだとすごい魔道士がやって来るって話だったから……」


 偽装漁船で運ばれ、夜明け前に密かにこのペリカン亭に潜り込んだ祐樹は、すぐに待ち構えていたメンバーによってたかっての質問攻めになった。

 そこで、いにしえの大道士ダイソックの息子であることを理由に即戦力を期待されていたと知らされ、ろくな魔法が使えないと告げたときの一同の落胆ぶりはこっちが申し訳なく思うほどのレベルだった。

 特に口の悪いコプライの言葉は辛辣だった。覚悟はしていたけど、それでも年下の少年に面と向かって役立たずと言われては凹まずにいられない。

 さすがに彼も多少は悪いと思ったらしく、それ以来、まるでできの悪い弟の面倒を見るような態度で何かと世話を焼いてくれる。

 結局、ペリカン亭での祐樹の立ち位置は戦術担当と言う形に落ち着いた。実際は役立たずの穀潰しだが、フォルナリーナが直々に選んだ相棒だと言う点を最大限考慮してくれたものらしい。

 こんな所でもフォルナリーナの影にすがるしかない自分が悔しいが、仕方なかった。


「ところで」


 祐樹は小さくため息をつくと、気持ちを切り替えて正面の男に向き直った。


「クーバリルさん。仲間の人数はどのくらいになりました?」

「そうだな、意気だけならばざっと三百人。だが、まともに戦力になりそうな人間はまだ百人にも満たないでしょう」

「実力行使にはまだまだですね」

「そうですな。当分はこれまで通り攪乱と心理戦で対抗するしかありません」


その時部屋にノックの音が響いた。

 扉の側にいたスケイリーがぴっと緊張すると鋭く誰何する。


「私……シエラです」

「何だ」


ほっとして鍵を開ける。扉が細く開いて、日焼けした目の大きな少女が顔だけ覗かせる。


「何だとはなによ。お父さん、そろそろお客さんが入り始めましたよ」

「おお、ありがとう。すぐに行く」


シエラはそれだけ伝えるとスケイリーにいーっと舌を出して引っ込んだ。


「それでは、今日はとりあえずこの辺にしておきましょう。私はペリカン亭の主人アルモンに戻らなくてはいけません」


 そう言うとクーバリルは厳しい表情をさっと緩め、一瞬で人なつっこそうな宿の親父になり切ると、大股で部屋を出て行った。スケイリーとコプライも後に続く。

 だが、一旦部屋を出ていったコプライはまたすぐに顔を出した。


「ユウキ、何時ごろ来ればいい?」

「ああ、夕方でいいや。頼むよ」

「あいよ」


 部屋には祐樹とピケットだけが残された。一人と一匹だけになると、祐樹は薄い革紙の切れ端を取り出して何事か書き込み始めた。


(どうすんのさ?)


「うん」


 手を休めずに文字を書き込み終えると、燭台から燃え残ったロウのかけらを取って紙の両面に丹念にすり込む。


「ここ何日か、渡りはぐれたアジサシを餌付けしてたんだよ。そろそろ餌をもらいにやって来るはずなんだ。で、そいつに手紙を運んでもらう」


 言う間もなく、窓のよろい戸をこんこんとくちばしで突く音がした。祐樹が素早く窓を開けると一羽の真っ白なアジサシがすいと部屋に飛び込んで来る。彼はテーブルに降り立ってパンくずをついばむその脚にしっかりと手紙を結びつけると、両手でアジサシの体を包み込んで心の中で呼びかけた。


(いいかい、これを岬の塔にいる若い女性に届けるんだ。わかるね?)


 アジサシはくるくるした目で祐樹を見つめると、ギャアと一声答えて飛び立っていった。


(ホントに判ってんのかな?)


 黒猫は小さくため息をついた。

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