第152話 エリーの母

「エリー。どうやって、俺の部屋に入ったんだ? この学生寮は男子寮だから、女の子は入れないはずだし、部屋に鍵も掛かっていたはずなんだけど」


 抱きついてきたエリーが泣いていたので、落ち着くまで待って事情を聞いてみると、


「あのね……ハー君に会いたくて来たんだけど、今日は王宮の勲章授与式に行ってるって寮長さんに言われて、寮の入口で待ってたのー。けど、ハー君がいつまでも帰ってこないからって、寮長さんが見かねてこっそり部屋に入れてくれたのー」


 まさかの寮長さんとは。

 あの人はルールに厳格な人だと思っていたんだけど、どうやらそうではなかったらしい。


「メッセージ魔法を送れば良かったんじゃないのか?」

「でも、王宮に行っているから、偉い人とかとお話ししているかもしれないしー、エリーが魔術師ギルドへ行っている間に帰ってくるかもしれないしー、って考えてたら、行けなくなっちゃってー」

「そうか。というか、入れ違いみたいになっていたんだな。今日は俺もエリーに用事があって、家に行ったんだよ。けど誰も居ないし、家族で出掛けているのかと思って、俺もメッセージ魔法を送らなかったからな」

「――っ! そ、それ! それなの! ハー君、エリーを助けてっ!」


 どれの事かはわからないけれど、エリーが俺に助けて欲しい……って、前にもこんな事があったような気がする。

 何だったっけ?


「エリー、落ち着いて。何から助けて欲しいんだ?」

「お母さんが、お母さんが帰って来ないのー!」

「エリーのお母さんが? いつから?」

「前から家に帰って来ない事が増えたんだけど、それでも二日に一回は絶対に帰って来てたの。ところが、この前の爆発事故の日から、一度も帰って来なくて……」

「爆発事故……って、錬金ギルドの? え……でも、確かあれって奇跡的に死亡者ゼロって話じゃなかったっけ?」

「でも、実際に帰って来ないんだもん」


 騎士団の調査に謝りがあったか、隠蔽された?

 それとも行方不明は調査対象外となっているのか、騎士団も把握出来ていない?

 もしくは爆発とは関係無しに、行方不明とか別の事件に巻き込まれたのか?


「わかった。明日すぐに騎士団へ行って確認しよう」

「ううん。騎士団にも錬金ギルドにも、既に確認したの。ギルドは爆発の日に出勤していたはずだとは言ってくれたんだけど、研究室に籠りっきりだから、誰も姿を見ていないって。騎士団もお母さんの情報は無いって返事なの」


 エリーが泣きそうな声で状況を伝えてくる。

 最悪のケースを考えると、爆発で跡形も無く消えてしまった……いや、だとしても、そこに居た何かしらの証があるだろうから、騎士団が見つけていると思う。

 ……ちょっと待てよ。

 錬金ギルドはどうして爆発したんだ?

 サムソンが暴れて、錬金ギルドに置かれて居た何かしらの薬品が暴発したからか?

 だがそれにしても、そもそもサムソンはどうして錬金ギルドに居たんだ?

 街の中で戦った場所は、錬金ギルドから真っ直ぐ一直線の場所で、その反対側は壊れていなかった。

 つまりサムソンは、最初に錬金ギルドを壊してから街を真っ直ぐ移動し、俺たちと戦った……奴は錬金ギルドに現れたのか!

 だが、どうして錬金ギルドに?


『ヘンリーさん。その事ですが、先程私が言いかけた話が関係するので、お話ししてもよろしいですか?』

(あぁ、頼む)

『先程のパーティで久しぶりにルミさんと会いましたよね。そのルミさんが発する魔力が、サムソンを倒した後に残ったホムンクルスに残ったエルフの魔力と、ほぼ一致していました』

(それは、ルミがエルフだからじゃないのか?)

『いえ。前提として人間とエルフ、ドラゴンや魔族ではそれぞれ魔力の波形が大きく違います。ですが、同じ人間でもヘンリーさんとエリーさんでは魔力の波形が違うんです』

(だけど、ルミとホムンクルスの魔力が一致していた……それはつまり、ルミがサムソンのホムンクルスを作ったのか?)

『違います。ルミさんが作っていたら、もっと強い魔力が残っているはずです。それより、よく思い出してください。錬金ギルドとルミさんが関係する物……何か思い当たる物はありませんか?』


 アオイが意味ありげに聞いてくる。

 だけど、ルミがこの街の錬金ギルドへ来た事なんてないだろうし、ましてや精霊魔法を使うルミが、錬金ギルドに用なんてないだろう。

 ……いや、逆か。エルフの髪の毛が欲しいって言われて、俺がルミから髪の毛を貰ったんだ。

 エルフの髪の毛が欲しいって言ったのは……エリーのお母さんだ!


『そうです。エリーさんと同じ、いえエリーさんよりも腕の良い錬金術士で、しかも作ったホムンクルスに英霊を入れると、その英霊の姿になる事を知っています』

(そうだな。初めてエリーの家に泊まった時、そういう話をしたし、魔力を注いでホムンクルスを急成長させる話もした……)

『おそらく、ルミさんの――エルフの魔力を混ぜて、新しいホムンクルスの研究をしたのでしょう。そして、それを見事に完成させた』

(それに魔族が目を付け、召喚魔法で呼んだ英霊の魂を入れたのか)

『もしくは……考えたくはないですが、魔族と組んでいたとか』


 流石にアオイの言う、エリーのお母さんが魔族とグルだったというのは考えられないが、オリバーの時のように、魔族によって操られているというのは十分有り得る話だ。

 いずれにせよ、エリーのお母さんはあの魔族と共に居る可能性が高い。

 一先ず俺とアオイの推測をやんわりとエリーに伝え、泣き崩れるエリーを慰めながら、就寝する事にした。

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