第69話 おっぱいがいっぱい

「おーい、アタランテー。アタランテってばー」


 アタランテを正気に戻す為、正面から何度も呼び掛けているのだが、アタランテは俺を通り越して、見えない何処かを向いている。

 だが、アオイも俺を正気に戻す為に頑張ってくれたんだ。俺も頑張らなくては。

 とはいえ、大声で叫ぶのは最終手段にしようかと思っている。

 というのも、アタランテは俺たちとは違って大きな猫耳が生えているので、耳元で大きな声を出した時に受けるダメージが大き過ぎる気がするんだ。

 まぁそうは言っても、俺みたいに穴へ落ちそうだったりしたら、大声で叫ぶけど。


「アタランテー。ちょっと俺の話を聞いてくれ、アタランテー」


 アタランテの行く手を遮るようにして、正面から叫んで居るのだが、全く俺の事が見えて居ないらしく、そのまま真っ直ぐ俺に向かって歩いてきた。


「お、おい、アタラ……あ、ちょっ、アタランテ。胸が、胸が……気持ち良いじゃないかっ!」


 アタランテが俺を押しのけてグイグイと前に進もうとしているのだが、はっきり言ってただただ俺の身体におっぱいを押し付けているだけだ。

 普段は腕に押し付けられているアタランテの胸だけど、こうして正面から押し付けられるのも悪く無い。


「……あ、アタランテー。正気に戻ろうよー……」


『ヘンリーさん! どうして、急に小声になったんですか!? アタランテさんを正気に戻すつもりが無いんですか!?』

(いやいや、あるよ。ありまくるよ。ただ、あんまり大声で叫ぶのも、良く無いかなーなんて)

『へー。その割には、随分と顔がにやけていますけど?』

(そんな事ないさー。気のせいだよ、気のせい)

『……だったら、早くアタランテさんを正気に戻してあげてください。はっきり言って今この瞬間も、ヘンリーさんも幻覚作用を持つ花粉を吸い込んで居るんですからね?』

(幻覚作用がある花粉!? どういう事だ!?)

『おかしいと思いませんでしたか? 今まで植物なんて一切無かった洞窟に突如現れた花と、強力な幻。どう考えても、あの花が原因ですよ』

(なるほど。そういう事なら、おっぱいを楽しんでいる場合じゃないか)

『ほら、やっぱり! アタランテさんを正気に戻す事よりも、おっぱいの感触を優先していましたね!?』


 アオイが何か言っているが、今はそれどころでは無いので一先ず無視して、一発でアタランテが正気に戻る手段を取る。

 出来れば、この手段は選びたくなかった。

 最初から思いついていたのだが、アタランテがダメージを受けそうだし。


「アタランテ。これが最後通告だ。これで元に戻ってくれなければ、俺は必殺技を出さなくてはならない。分かったか?」


 アタランテから少し距離を取って真面目なトーンで確認してみたが、やはり普通に話しかけるだけではダメだ。

 もうこうなったら仕方がない。一応、断ったからな? 後で怒るなよ?


「いくぜ、アタランテ! 必殺、鷲掴みっ!」


 すぐ目の前に居るアタランテのおっぱいを、服の上から両手で思いっきり握った。握ってやったぜ!

 丁度、掌に収まるくらいの程良い大きさのおっぱいの柔らかさを、右手と左手それぞれで楽しみつつ、だが思いっきり握る。

 俺はおっぱいを揉めて嬉しい。アタランテは胸を鷲掴みにされた痛みで正気に戻れて嬉しい。

 我ながら、互いにWin-Winとなる素晴らしい解決策だ。

 どうだ? これで正気に戻らなかったら、もっと凄い事をしちゃうぞ?

 正気に戻って欲しい気持ちと、若干元に戻らなくても良いかなという気持ちが混ざり合った微妙な感情で胸を揉んで居ると、


「もー、貴方ったら。胸が好きなのは知っているけど、もっと優しく……ね」


 アタランテが俺の顔に優しく触れ、そのまま自分の胸へと引き寄せる。

 おぉぉ……おっぱいが顔に! おっぱいが顔にぃぃぃっ!

 凄いぞアタランテ! 凄いぞおっぱい! おっぱいって、やっぱり柔らかくてサイコーだーっ!

 しかもどういう訳か、手で揉んでいた時よりも、顔に埋められている今の方が胸が大きく感じられる。

 不思議だ。これがおっぱいの神秘なのか。

 柔らかくて、温かくて、優しくて、大きい。おっぱいは偉大だっ!


「……さん。お兄さんってば!」


 聞いた事のある声が響いたかと思うと、小さな痛みが右手に走る。


「――ッ! 痛っ!」

「あ、やっと気付いた。もー、お兄さんってば。何度も呼び掛けたのに、一体何をしているの?」

「その声はマーガレット……という事は、あれはアタランテの胸じゃなくて、マーガレットの胸だったのか。どうりで大きい訳だ」

「何を言っているの? どうして私の胸の話が出てくるの?」

「え? だって、マーガレットの胸に顔を埋めて、両手で揉みし抱いて……って、まさか!?」

「あー、お兄さんはそういう幻覚を見ていたんだ。突然、洞窟の壁に顔を埋めて、両手をワキワキ動かしていたから、何をしているんだろうと思っていたんだよ」

「……え? 壁?」


 マーガレットの顔から視線を動かし、自身の身体が向いている正面を見てみると、目の前がヒカリゴケや赤い花の生えた壁になっている。

 俺はおっぱいの幻覚を見せられながら、赤い花の花粉を自ら身体に付着させて……って、こうやって人に花粉を付けて、この花は花粉を遠くへ運ぶのか!?


「というか、あれ全部幻覚かよっ! そりゃ無いだろーっ!」


 どこまで俺の正気があって、どこからが幻覚だったのか。

 一方、アタランテを見てみると、正気に戻っているらしく、俺と一緒で項垂れて居る。

 残念ながら、四階層は俺とアタランテにとって、すこぶる相性が悪い場所だった。

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