第68話 愛の力

「どうしたの? もう、おしまいなのかしら? ほらほら、我慢せずに全部出しちゃいなさい」


 暴走モードになったマーガレットにより、三階層に居たリビングアーマーがあっという間に全滅してしまった。

 しかも暴れ足りないのか、洞窟に向かってリビングアーマーを出せとか言っている。

 ……うん。そっとしておこう。

 しかし、三階層はリビングアーマーやリビングメイルといった、魔法生物だらけの階で罠なども無かったため、マーガレットのおかげであっという間に四階層への扉へ着いてしまった。


「皆、殆ど疲れて居ないし、このまま四階層の様子見をしても構わないか?」

「ルミは大丈夫だよー」

「私も大丈夫。正直言って、ちょっと物足りないくらいだったからね」


 アタランテの言う通り、ぶっちゃけ三階層はマーガレットの後ろを歩いていただけだからな。

 危険だと判断したら戻れば良いし、このまま進むか。


「よし。じゃあ、ルミ。四階層への扉も開いてくれ」

「はーい」


 ルミに四階層への扉を開いて貰い、マーガレットを誘導しながら中へ。

 三階層ではすぐさまリビングアーマーが移動する音が聞こえて気配もあったが、四階層はとにかく静かだ。

 何かが動く気配すらない。

 そのせいか、


「あ、あれ? ここはどこ? ……洞窟の中なのに、随分と草が生えているんだね」


 特に何もしていないというのに、マーガレットが暴走モードから自然と回復した。


「ここはフィオンの洞窟の四階層だよ。マーガレットのおかげで三階層がかなり楽だったから、そのまま進む事にしたんだ」

「私が? 何かしたっけ?」

「……まぁ、覚えていないのなら良いさ。しかし、さっきとは打って変わって、本当に静かな階層だな」


 カツカツと俺たちの歩く靴音だけが洞窟内に響き渡る。

 ここまでの階層とは違い、壁に光る苔――ヒカリゴケが生えていたり、小さな赤い花が咲いていたりして、淡い光と静かな空間が幻想的でムードのある場所を演出していた。

 場所が場所なのでデートという訳にはいかないが、地上でこの雰囲気を再現出来たら、さぞかし人気のスポットとなるだろう。

 そんな事を考えながら進んでいると、


「あ、ヘンリー君だぁ。おーい、ヘンリーくーん!」


 前方で見知った顔の少女が手を振っている。

 どこかで見た事がある女の子なのだが……そうだ。同じ基礎魔法コースで、エリーの友達のダーシーちゃんだ。


「ダーシー!? どうしてこんな所へ?」

「うふふっ。ヘンリー君に会いたくて、つい来ちゃった」

「来ちゃった……って、こんな危ない所へどうやって?」

「それは……私、ヘンリー君の事が好きだから、愛の力で来れたの!」

「な、何だってーっ!」


 どうしよう。生まれて初めて女の子から好きだと言われてしまった。

 しかも、同じコースの同級生だ。

 これは、毎日一緒に登下校したり、休み時間になる度にキャッキャウフフとイチャイチャしたり出来るという事になる。

 ちゅ、チューとかも出来るかもしれない。


『……さん、ヘンリーさん!』


 どうしよう。ダーシーちゃんの事はよく知らないけれど、好きだと言われたのだから、何かしら返事をしなくては。


『ちょっと、ヘンリーさんってば!』


 女の子から好きと言わせたのだから、ここは男がビシッと決めなければ。


「ふふふ……ヘンリー君。ほらほら、ヘンリー君の好きなパンツだよー。もちろん、王道にして至高の白よー」

「わーい! パンツ、パンツー!」

「あはは……ヘンリー君、私を捕まえてー!」


 制服のローブを脱ぎ捨てたダーシーちゃんが、スカートを捲り上げ、チラチラと白いパンツを俺に見せながら誘惑してくる。

 これは……自分からスカートを捲り上げてパンツを見せているし、俺の事を好きだって言ってくれている訳だし、もうオールオッケーだよねっ!


「ダーシーちゃーんっ!」

『ヘンリーッ! 正気に戻りなさーいっ!』

「……へ?」


 ダーシーちゃんのパンツを追いかけていたら、アオイが大声で叫び出し、そしてダーシーちゃんが消えてしまった。

 一体、何がどうなっているのだろうか。


「あ、あれ? ダーシーちゃんは?」

「……お兄さん。ダーシーちゃんって誰? いや、それよりも、突然走りだしてどうしたの? そのまま止まらなければ、最悪死んでいたよ?」

「えぇっ!?」


 見れば、目の前に深い穴が広がっている。

 あ、危ない。魔法が使えない場所で、底が全く見えない程の穴に落ちたら、流石の俺でもどうなる事やら。


「お兄ちゃん。それより、ダーシーちゃんって誰なの? お兄ちゃんの好きな人?」

「ん? いや、そうじゃなくて同級生なんだけど……って、よく考えたら、こんな場所にダーシーが居る訳ないよな」

「……あ! もしかして、幻覚とかじゃないかな? お兄さんが好きそうな幻を見せて、落とし穴へ誘導する的な」


 な、何だと!? あれが幻だって!?

 ダーシーちゃんは、めちゃめちゃリアルだったんだけどな。


『いえ、マーガレットさんの言う通りですよ。ヘンリーさんは、誰も居ないのに一人でブツブツ言いながら、穴に向かって真っ直ぐ走っていましたから』

(マジで!? ……そうか。それをアオイが止めてくれたのか)

『私もヘンリーさんが穴に落ちられると困りますからね。ただ、全く話を聞いてくれないから、ヒヤヒヤしましたけど』


 しかし、幻覚の罠とか恐ろし過ぎるだろ。

 性質が悪すぎる。

 って、待てよ。マーガレットとルミは、この手の幻覚だとか毒とかに強いイメージがあるんだけど、アタランテは……


「貴方ー! 私は一人目は男の子が良いなー……やんっ! そうね、四人くらい作っちゃおっか」


 見えない誰かと家族計画について話し合っていた。

 きっと俺もこんな感じだったんだろうな。

 苦笑いを浮かべつつ、俺と同じく幻覚を見せられているアタランテを正気に戻す事にした。

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