第31話 リアルお姫様抱っこ

 頭から角が生え、背中に黒い悪魔のような翼が生えた、顔が灰色となった男。

 もちろん普通の人間ではない。名も知らぬ男子生徒のように、操られたり変身している訳でもない。

 その変身を解除する魔法を使って、この姿になったのだから。


「オリバー。その姿……魔族だな?」

「ふっ……まさか、貴様が召喚魔法で呼んだ者が聖剣を持つ者だとは思わなかったよ」


(……アオイ。聖剣って何だ?)

『さぁ。おそらく聖なる剣とか、魔を滅ぼす剣とか、そんな感じじゃないですか?』

(雑っ! どうして、そんなに雑なんだ?)

『雑って言われましても、魔法の事には詳しいですが、剣の事を聞かれても知りませんよぉ』

(それもそうか。けど、ジェーンが持っているのって、普通の武器屋で売っているレイピアを俺が具現化した物なんだけど)

『そこは話を合わせてあげましょうよ。聖剣だって事で話が進んでいるんですから』


「あー、こほん。彼女は、聖女ジェーン。騎士にして、聖剣ホーリーセイバーを持つ者。お前の目的が何かは知らんが、ここから生きて帰れると思うなよ!」

「……そ、そうだ。私は聖剣に選ばれし者。魔族などに屈しはしない!」


 ジェーンが俺に話を合わせていると、オリバーが翼をはためかせて宙を舞う。


「聖剣か。魔王様を傷付ける可能性が僅かにでもある以上、ここで消させてもらう。だが、その前に……ダークプリズン」


 オリバーが聞き慣れない言葉を発すると、闘技場の周囲が黒い球体のような物で覆われた。

 その瞬間、観覧席からは悲鳴と怒号が飛び交い、出入り口に生徒たちが殺到する。

 王女様は……騎士たちが周りを囲み、宮廷魔術士たちが結界? のような物を張っていた。詳しい事は分からないが、魔族から王女様を守る為の物なのだろう。


「まだ俺様の存在を人間側に知られる訳にはいかなくてな。予定は変わったが、ここに居る者全員を殺せば目撃者はゼロだ。そして、先ずは聖剣を持つ女……お前からだっ!」


 宙に居たオリバーが、ジェーンに向かって急降下してきた。

 今なら多少何かやらかしても誰も見ていないだろうと、具現化魔法で愛剣を生成し、迎え撃つべく構える。

 すると、飛び込んできたオリバーに、どこからともなく飛来した火炎弾がぶつかり、轟音と共に火の粉が舞い散る。


「や、やった……かしら?」

「今のはソフィアなのか!? 無茶をするなっ!」

「だ、だって……あの男。ウチを騙していたんでしょ!? 許せないじゃないっ!」


 ソフィアの放った魔法が直撃し、フィールドの端まで飛ばされたオリバーが、大したダメージも無かったかのように起き上がる。

 オリバーの上半身の服が燃え、灰色の肌が露出されているが、


「あぁ、そう言えば居たね。大した力も無いのに、選抜チームとかに選ばれて、キャンキャン五月蠅い女が」


 思った通り、全くダメージが通っていない。


「ハァァァッ!」


 そこへ間髪いれず、ジェーンがオリバーへ斬りかかる。

 流石に聖剣(ハッタリ)は怖いのか、オリバーはその斬撃に直接触れず、都度黒い盾を生み出してジェーンの攻撃を防いでいく。

 ジェーンとオリバーによる攻防が繰り広げられる中、


「ブレッシング」


 こっそり神聖魔法による身体強化を行い、背後へ回り込む。

 聖剣(ハッタリ)を持っていない俺は眼中に無いのか、すぐ後ろに居るというのにオリバーは何もしない。

 なので、その隙だらけの背中を、剣が折れない程度に加減して叩き斬る。


「――ッ! な、何故だ!? 俺様の身体を傷付けられるのは、聖剣だけのはず。どうして召喚士の貴様が聖剣を使えるんだっ! どうしてこんな学校に聖剣が何本も存在する!?」

「お前に教える義理はねぇよっ!」


 具現化した普通のクレイモアでも、腕力が高ければ魔族にダメージが通る――良い事を知ったと思いながら、片方の羽が千切れたオリバーに再び斬りかかる。

 ジェーンの剣を防いでいた黒い盾が生み出されたが、そんな物は関係無い。剣を思いっきり振り抜くと、その盾ごとオリバーの左腕を断ち切った。

 その後も、一撃が強力な俺と、攻撃回数の多いジェーンでオリバーを攻撃し続けていると、片方の翼で器用に上空へと舞い上がる。


「クソがクソがクソがクソがっ! この俺様がこんな、こんな――人間ごときにっ!」


 片腕と片翼を失い、右腕も使いものにならない程傷付いた状態で何をするのか。

 警戒しながらも、様子を窺っていると、


『ヘンリーさん! 魔族が魔力を高めています! 危険です!』

(危険って、爆発でもするのか!?)

『……この黒い魔力は……おそらく、最後の力を振り絞り、先程の石化魔法を使うのではないかと! あれは、私でも防いだり、解除出来ないかもしれません!』


「くそっ! ジェーン、ソフィア、エリー! あの魔族が何かやらかす気だ! 全員、一旦逃げろっ!」

「え? どうして? アイツはもう虫の息でしょ? ウチの精霊魔法で……」

「いいから逃げるんだっ! ジェーンはエリーを頼む!」


 なまじ精霊魔法が使えるソフィアが攻撃しようとしていたので、ダッシュで近寄り、小柄な身体を小脇に抱えてフィールドから離れる。


「ちょ、アンタ! どこを触っているのよっ!」

「いいから離れるぞっ! 石にされても良いのか!」

「う……そ、それは嫌だけど……って、わかったから。お願い、それ以上そんな所を触らないで。自分で走るから。そ、それ以上は……って、もぉっ!」


 自分で走ると言うのでソフィアを地面に降ろしたら、何故か怒られた。理不尽極まり無い。


「魔王様に栄光あれ!」


 オリバーが叫んだ直後、俺でも判る程、大きな魔力の塊が生みだされた。

 ……だが、奴は俺もジェーンも見ていない。聖剣を消すと言ったはずだが……いや、違う。聖剣(ハッタリ)の存在はオリバーにとってイレギュラーだ。

 元より何か目的があってこの学校へ潜入し、魔法大会へ出ていたはず。

 聖剣よりも本来の目的を達するために……王女様かっ!


「人間よ、滅びろっ!」


 黒い魔力の塊が王女の居る席に向かって放たれたかと思うと、オリバーの身体が空中で崩れていく。


(アオイ! 王女の周りに張られている結界みたいなので、あの魔力を防げると思うか?)

『無理です。出力が違い過ぎます!』

(だよな……仕方が無い。一か八かの賭けだっ!)

『ヘンリーさんっ!? 何をっ!?』


「テレポートッ!」


 俺は、黒い塊が目前に迫っており、慌てふためく騎士や宮廷魔術士の中心に現れると、大急ぎで王女様を抱きかかえ、


「テレポートッ!」


 ギリギリでジェーンやエリーの元へと戻って来る。

 フィールドの中央にはオリバーの身体だったと思われる灰色の粉の塊があったが、暫くすると風に飛ばされて消えてしまった。


「え……どうして? 私は……」

「すみません、王女様。俺の――私の力では、王女様だけを助けるのが精一杯でした」

「……そうですか。でも、ありがとう。本当の事を言うと、凄く怖かったの。……ねぇ、もう少しだけこのままでも良いかしら?」

「は、はい。どうぞ」


 「私も、私もー」と叫んでいたエリーが、ソフィアに口を塞がれている様子を眺めながら、俺は暫くの間、リアルお姫様抱っこをしていたのだった。

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