第7話 パンツを賭けた戦い

 ソフィアのパンツを賭けた魔法勝負のために魔法訓練場へ入ると、中は何も無い真っ白な空間だった。

 それなりに広さがあり、先に入ったソフィアとは二十歩程の距離が離れている。


「一応教えておいてあげるけど、この部屋の壁は魔法耐性の高い真銀で加工されているの。だから、どれだけ魔法を使っても建物に影響は無いわ。まぁ初心者用の杖を使うアンタには関係ない事だけど」

「分かった。で、勝敗はどうやって決めるんだ?」

「ウチがアンタを一方的に攻撃するだけになるけど、一応決めておきましょうか。床に足以外が触れたら負け……こんな所かしら」

「要は倒れたら負けって事だな。で、俺が勝ったら君のパンツが好きなだけ見られると」

「そうね。万が一にも無いけど。ウチが勝ったら謝って貰うのと、二度とこのギルドに現れないで」


 二度と魔術師ギルドへ来るなとは、随分と嫌われてしまったみたいだ。

 まぁ負ける事はないけど。


「じゃあ、準備は良い?」

「あぁ、いつでも」

「そう。じゃあ、勝負開始よ。おいで、サラマンダー、シルフ、ウンディーネ」


 ソフィアの呼び掛けと共に、人間の頭大の淡い光――赤、緑、水色の三つが現れた。


『ヘンリーさん。彼女、なかなかやりますよ。下位精霊とはいえ、三つ同時に制御するなんて』

(え? それって凄いの?)

『あの若さでは凄いんじゃないですかね?』

(マジかよ。アオイ、大丈夫なのか? ……って、何か出たっ!)

『ヘンリーさん! サラマンダーのファイアーアローですっ! 防御魔法を……おぉぉっ!?』


 ソフィアの周りに浮かぶ赤い光が一瞬輝いたかと思うと、赤い矢が飛んでくる。

 一先ず避けたけど、アオイが珍しく慌てていた。そんなに凄い魔法だったのだろうか。


「ちょっ! どうして避けるのよっ!」

「そりゃ、矢が飛んできたら普通は避けるだろっ!」

『いえ、彼女が言いたいのはそこではないですよ! 下位精霊とはいえ、普通は魔法を避ける事なんて出来ませんよっ!』


 あれ? どういう訳かソフィアだけでなく、アオイにまで突っ込まれている?


(え? だって、正面から飛んで来た矢なら、半歩動けば避けられるだろ?)

『自分に向かってきた矢ですよ? しかも魔法で作られた矢ですから、普通の矢より射程は短いですが、その分速度と威力は凄いんですよ!? 避けるどころか、目で追う事すら出来ないのに』

(いや、流石に背後から撃たれたら気付けないかもしれないけど、正面だしなぁ。それに、普段から矢を避けたり、手で止めたりする訓練もしてたし)

『……ヘンリーさんって、魔法使いを目指しているんですよね? 何か、異世界の化け物とかじゃないですよね?』


 俺から言わせれば、完全初心者の俺に容易に神聖魔法を使えるようにしてくれたアオイの方が、よっぽど化け物じみているんだが。そもそもゴーストだし。

 それに飛んで来る矢の対処なんて、戦闘科の頃に何度もやっているし、成績もトップだったしね。多少速かろうが、避けるくらいなら何て事は無い。

 まぁ流石に魔法の矢を素手でキャッチするのは無理だと思うが。


「くっ……こ、これならどうかしらっ! ウインドカッター」


 詠唱を終えたソフィアが、目に見えない風の刃を飛ばしてきた。

 だが視界に映らなくても、空気を切る音や、飛んで来る気配で十分に避けられる。


「なっ! う、嘘でしょ!? 今のも避けるの!? ……ど、どれだけ幸運なのよ!」

「いや、別に勘で避けている訳じゃないんだが」

『ヘンリーさん。一緒に魔王と戦った勇者でさえ、そんなの出来ないと思うんですけど。私が魔法の防御壁を張って、ダメージを軽減させていたんですけど!』


 魔王と戦った勇者……って、見た事あるのかよ!

 ジョークを聞き流しながらソフィアの動きを見ていると、先程までとは変わったトーンでアオイが話しかけてくる。


『あの、ヘンリーさん。さっきから彼女が魔法を使う前に何かブツブツ言っているんですけど、あれって何でしょうね?』

(何って、詠唱だろ? 魔法を発動させるための)

『……詠唱? 詠唱って何ですか?』

(何ですか……って、じゃあアオイはどうやって魔法を使うんだよ。呪文を詠唱しないのか?)

『しませんけど?』


 あ、あれ? これも謎のアオイジョークなのか? それとも本当に詠唱無しで魔法が使えるのか?


(じゃあ昨日魔導書でチラッと見た、精霊魔法のファイアーボール……これ、呪文とか全く覚えてないけど、いきなり使えちゃうの?)

『使えますよー。彼女に向けて放つのは危ないので、どこかその辺に向かってやってみてください』


 その辺に……って、まぁ魔法耐性の高い真銀の壁って言っていたし、大丈夫なんだろうな。

 ソフィアから大きく外れた壁に杖を向け、


「ふん。どこに向かって魔法を放つつもりなのかしら。まぁどうせアンタの魔法なんて大した事が無いでしょうけど」

「……ファイアーボール」


 詠唱も何も無しに魔法を発動させる言葉だけを言い放つ。

 すると、俺の小さな杖から大きな火の弾が放たれ、その直後――轟音と共に壁が爆発した。


「――ッ!? ――――ッ!」

「ちょ、アオイ! ただのお試しなんだから、加減しろっ! どーすんだよ、アレ」

『だ、だって、魔法耐性が高い壁だって言ってたんだもん!』


 壁に大きな穴が開き、そこから外の景色が見えている。

 ヤバい。これは絶対にヤバい奴だ。修理代とか請求されたら、どうすれば良いのだろうか。


「……な、な、なかなか……や、やるじゃない。つ、次はウチが本気を見せる番ね」


 爆発の時、声にならない悲鳴を上げていたソフィアが膝をガクガク震わせながらも、三つの光を消して、大きな赤い光を出してきた。


『ヘンリーさん。上位精霊のイフリートですっ! 流石に、何も対策せずにあの魔法を受けたら丸焦げですよっ!』

(というか、今の状況でそんな魔法を使われたら、被害が更に大きくなるだろっ!)


 正直言って、普通の中流家庭の両親に、あまり金銭的負担を掛けさせたくない。

 アオイの言う通りソフィアが凄い魔法を使おうとしているのか、詠唱が長い。

 これは……今行くしかない!


「とぉっ!」

「ひっ! ひゃぁぁぁっ!」

「てい」


 詠唱中のソフィアにダッシュで近づくと、泣きそうな顔で怯えだしたので、その小さなおでこを指で優しく弾く。

 いわゆるデコピンなのだが、先程の爆発で怯えきっていたのか、ソフィアがその場にヘナヘナと崩れ落ちた。


「えーっと、お尻が床に着いたから、俺の勝ちって事で良いかな?」

「……」


 余程ショックだったのか、ソフィアが何も言わずに放心状態となっている。


「おーい、ソフィア。ソフィアちゃーん。……パンツ見ちゃうよー?」

「……」


 返事が無い――否定されていないので、見ても良いという事だろう。

 ペタンと女の子座りをしているソフィアのスカートを指で摘まみ、そっと持ち上げると、肌色の中に水色の三角形が見えた。

 なるほど……これが女の子の下着か。非常に興味深い。

 ワンポイントとして小さなリボンが付いていたり、水色の中にも若干色が違う箇所があったりして、しっかり目に焼き付けておこうと凝視していると、


『あの、ヘンリーさん。彼女、ずっと気絶しているんですけど』

「えっ!?」

『……外道ですね』


 変態から外道にレベルアップしてしまった。

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