第18話 ここにいるよ

 光を辿り、私はこの場所にやってきた。


 そこは、花畑。


 あの子と話し、あの子が好きだといった花が咲き乱れる場所。


 自分でも知らないうちに自分の奥底へと来てしまったのだろうか。


 少し辺りを散策しようと歩き出そうとすると、背後に誰かの気配を感じた。


 振り返るとそこにいたのは、フードで顔を隠した女の子。


「あなたは、何をそんなに怖がっているの?」


「…?」


 質問の意味がよくわからない。


 分からないけれど、答えは考えるより先に口に出てきた。


「自分が、自分で無くなること。自分を無くすことが一番怖い」


「…」


 私の答えを聞き受けると、女の子は花吹雪の中に消えた。


 少し歩みを進め、休めそうな場所を発見すると、そこには誰かがいた。


 少し離れた場所にあった椅子に腰を下ろし息をつくと、その誰かがすぐ近くにいた。


「…びっくりした」


「あなたは、何処を目指しているの?」


「…」


 また、わけのわからない質問。


 でも、その答えは決まっている。


「私が私でいられる場所。そんな場所を、私は探している」


 また、答えを聞いたとたんに質問をくれた誰かは消えた。


「ははは…」


 いつかの様に、意味のない乾いた笑いがこぼれた。


 しばらくの間ぼーっとしていると、誰かが近寄ってくる気配を感じた。


 また背後や不意を突いたように突然現れるのかと身構えていたら、意外な事に正面から普通に歩いてきた。


 驚くことにその人物は、私とよく似た顔をしていた。


「あなたは…」


「あなたの幸せって、何?」


「ええと…」


 幸せの形。


 そんなもの人それぞれだろうが。


 明確な答えを持っている人なんか少ないに決まっている。


 けれど。


 もしも私が私なりに定義するとしたらそれは。


「自由でいられること。それが、私の望む幸せ」


「…」


 答えを聞くと彼女は満足そうな顔をして消えていった。


「やれやれ…」


 ***


 花畑を進むと、大きな木が座している場所を見つけた。


 その根元に誰かが立っている。


 こちらを見つめているようで、少し居心地が悪い。


 仕方がないので私は自らその人物に歩みを進めた。


「ここまで来れたんだね」


「…そうね。まぁ、途中で挫けそうなこともあったけど」


「でも、あなたはここまで来れた。この心の深淵まで」


「深淵、ねぇ…」


 言って、その人物は何かを差し出してきた。


「…アイス?」


「食べよう?」


 そういえば。


 この旅の中でもアイスに関する記憶には触れてこなかった。


 このアイスを見て、てっきり私の過去のどこかで食べたことのあるものなのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。


「ここから先は、あなた自身が決める道。光に昇華するか、闇に溶けるか」


「どっちも大変そうね」


「ごめんね?でも、そうなるしか、残されていないはずなの」


「あっそう」


 言って、私はアイスを口にする。


 このアイスも随分久しぶりに口にしたものだ。


 最後に食べたのは、そう。あの子と二人の時だったっけ。


「…本当はね」


「本当は、あなたにはあなたとして生きて欲しい。私はあなたと別れて、あなたという一人を知った。あなたは本来生まれるはずのない存在なのに、今こうして存在している。だからこそ、どうにかできないかなってずっと思うんだ」


「何かと思えば…」


 飽きれた。


 飽きれて声も出ないとはこういうことか。


 自分自身に嫌気がさすというのはこんな気分なんだなと改めて思った。


「そんなこと、誰も頼んでない。私は私、あなたはあなたでしょ。自由にすればそれでいいじゃない」


 それは、この旅で私がたどり着いた私の答え。


 他の誰に選ばされたなんてありえない、私だけの答えだ。


「私がこの後どうなろうと、それは私が選んだ道なの。他の誰かに口出しされるいわれはないわ」


「でも、それでいいの?消えちゃうんだよ?」


「誰も悲しまないわよ」


 アイスも食べ終わり、決心を固めた私は立ち上がり鍵を取り出す。


「言っちゃうの?」


「さようなら。もう二度と会うこともないでしょう」


「そっか…。寂しくなるね」


「寂しい…。そうか、これが…」


「じゃあ、最後に一つだけ覚えておいて」


「あなたはさっき、誰も悲しまないなんて言ったけど、それだけは違う。あなたがいなくなって悲しいと思う人は少なくとも一人、ここにいるよ」


 その言葉を最後に、私の意識は光に飲まれた。


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