第19話 おやすみ

 戻ってきたこの場所も随分と懐かしく感じる。


 この図書館には相変わらず幾万の本が積まれていく。


 それは誰かの心と記憶。


 人生を終えた人たちの冒険譚そのものだ。


「おかえり」


 彼は相変わらずその場所で本を読んでいる。


「決めたのかい?」


「元に戻るのよ」


「んー…少し違うかな。眠りにつく、といった方が正しいかもしれない」


「私、また眠るの?」


「そのようだね。…しかし」


「何よ」


「いや。君からそんな言葉が聞けるなんて思わなかったから、ね」


「…あぁそういえば、君は結局どちらを選んだんだい?」


「何の話?」


「光に昇るか、闇に沈むか」


「…どっちでもない」


「え?」


「光も闇も、正も負も、善も悪も、いいものも悪いものも。どちらか一方だけなんかじゃ成り立たないから」


「成り立ってないなら成り立ってないなりに道はあるってことよ」


 そう言って私は扉に鍵を差し込み、扉を開けた。


「短…くもないか。それなりの時間をどうもありがと。鍵と器は返すわ」


 そして私は、扉の先へ歩き出した。


 ***


「…」


 一人、残った僕は本を閉じる。


「全く、最後まで面白い子だったな」


「君に一つ、言ってなかったことがあるんだ」


「君と食べたあのアイス、あれは君の未来から手に入れたものだ」


「君には本来、未来が待っているんだよ」


「その先の未来を見ておいで」


「…その時期が来るまでは」


 さっき、君は眠るのかと僕に聞いたけど。


 その答えは否。


 眠るのはこの場所。


 この図書館は次に必要とする誰かが現れるまで長い眠りにつく。


 それがどれくらいの時間かは僕にもわからない。


 そもそも、新しくこの場所に誕生するのはもう僕ではない別の誰かだ。


 この場所を必要とした誰かを導くための道しるべ。


 その役割も終わった。


「おやすみ…」


 そしてその図書館に一陣の風が吹き、数多の本が乱れ飛ぶ。


 そしてその場所は光と闇に飲まれ、後には何もない無がそこにはあった。


 ***


 地面が冷たい。


 頭が嫌でも理解する。


 私の命はここで終わるのだと。


 このネオン街に流れ着き、何物にも成れぬまま。


 けれど、ここで朽ちて果てるのもいいか。


 そう思い、私は目を閉じる。


 …………


 …誰かの声がどこからともなく聞こえてくる。


 何よ、うるさいなぁ。


 私はもういいの。


 私にはもう、何もないの。


 ……?


 頭はもう働いてない。


 体ももう限界だと訴えているのに。


 意識はまだ保っている。


 あと一歩くらいなら動けると、私の心が囁いている。


 あと一歩だけ動いてくれと、私に誰かが言う。


 だから、うるさい。


 私に指図しないで。


 私は、自由でありたいの。


 だからこれは、自由な私が選んだ結果。


 この進めた一歩、否。二歩は私が選んだの。


 その葛藤と歩んだ二歩を最後に声は聞こえなくなり、私の意識もそこで途絶えたのだった。

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