第11話 霞なんかよりはよっぽどマシだよ

 彼女にあの子を任せてから少し時間が経った。


 思いのほか、彼女はあの子の所に行っているようだ。


 何をしているかまではわからないが、良い兆候だと思う。


 心を知るという目的には時間をかけすぎたかもしれない。


 未だ僕にはその答えは見えていないが。


 …様々な心を見てきて、彼女の心はそのどれにも当てはまらない、大きな闇だった。


 心を取り出し、微かに存在した光と、足りない部分を僕の知りうるプラスの感情で補った。


 最終的に、その微かな光を彼女に戻し、不幸しか知らない彼女に幸せを知ってもらう。


 無論、それらは全て彼女が望んだことではない。所詮僕の自己満足だ。


 押しつけがましいかもしれない。余計なことをするなと怒るかもしれない。


 でも、それではあまりにも彼女が報われない。


 何の幸せも感じることができないままに人生を終えてしまうなんて。


 彼女の闇に触れて痛い程それが伝わってきた。


 ***


 あの子と接し始めてそれなりの時間が経った。


 相変わらず、とりとめのない、意味のない話を繰り返し続ける。


 いい加減どこかへ行ってしまえばいいのに、と思う。


 こんな会話が成立するかどうかも分からない、悪意の塊のような私と話していて何が楽しいのだろう。


 でもなぜか、あの子だけは無情になって強制的に消滅させようという気にはならない。


 あの子の善意にやられたのだろうか?


 …まぁ、別にどうでもいいか。


 飽きたらこちらから勝手にどこかへやってしまえばいい。


 手っ取り早いのは彼に返してしまうことだろうか。


 そう、そんな風に手段はいくらでもある。


 今そうしないのはただの気まぐれにすぎないのだ。


 今、この時もあの子の所に足を運んでいるのも気まぐれにすぎない。


 どうしたの?ぼーっとして。


「別に。あなたがどうすれば新しい人生を始めるのか考えてた」


 そう。それで?


「…いっそのこと強制的に消滅させてやろうかと考えた」


 なんか痛そうだからそれはヤダ。


「そうですか。そういえば、あなたって昔のことは覚えてないの?」


 昔って?


「心象風景が全くないじゃない。いつ来ても真っ暗。普通は何かしら思い出深い場所があるものだと思うのだけれど」


 うーん。ちょっと待ってね、少し思い出してみる。


 そう言ってあの子は少し離れた場所で考え始めた。


 さっき言った通り、たいていの心は入り込むと何かしらの場所に繋がっている。


 自室だったり、ビル街だったり、海辺だったり。


 記憶を読み取れば、その場所がその人間にとって最も思い出深い場所というのはすぐにわかった。


 しかし、あの子の記憶を読んでもそういう類の物は出てこない。


 出てくるのは私と似たような境遇で同じような時間を過ごしていたということだけ。


 思い出したくも見たくもないことだから、数回見ただけで深くは覗いていないけど。


 そう思ってうろうろしていると、刹那的に周りの風景が変わった。


 そこは、花畑。


 色とりどりの花が咲いている、奇麗な場所だった。


 一つ思い出したよ。


 声のした方を振り返るとあの子が近寄ってきていた。


「随分と奇麗な場所ね」


 私ね、この場所のこの花がお気に入りなの。


 あの子はそう言って目の前の一つの花を示した。


 名前は知らないんだけどね。


「ふうん、私も花には詳しくないからよく知らないけど、いいんじゃないかしら」


 でしょう?


 あの子がドヤ顔している姿が目に浮かぶようだ。


 そういえば、私もいつだったか似たような花畑で似たような花を見たような気がする。


 …思い出せないから別にいいけど。


「じゃ、折角だしこれあげる」


 これは?


「見ればわかるでしょ。アイスよ」


 くれるの?


「あげる。こういう場所で食べるのも悪くないでしょ」


 …でも、この姿で食べられるかな?


「さぁ、近づけてみれば味くらいわかるんじゃないかしら?」


 私は2本あるアイスのうち片方を差し出してみた。


 するとアイスは少し減った。


「これは驚いた。そんな状態でもその気になれば飲食ができるんだ」


 わ、このアイス美味しい…。


「死んでから食べる最初の物がアイスなんてね」


 霞なんかよりはよっぽどマシだよ。


「そうね」

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