第12話 返す言葉もないよ

 思い出したくないこと、記憶から消し去りたいことは誰にでもある。


 私にとっては、生きていた時全ての記憶がそれにあたる。


 痛い、苦しい、辛い……。


 どれだけ願っても、意味はなかった。


 そうしていつか、私の心は闇に沈み、負の感情が私の全てを飲み込んだ。


 そこから先と、それより前のことは今はもう思い出そうとしても思い出せない。


 最も、思い出したところでロクな物ではないだろうが。


 私に残っているのは、決して晴れることのない闇。


 心を捨て、抜け殻となった今もなお、その闇は私に付きまとう。


 もういい、もう慣れている。


 だから私は。


「どうかしたのかい?」


「……ん」


「おやおや、随分と間の抜けた声じゃないか。寝てたのかい?」


「そうかもね、少しうとうとしてたかも」


 今のは夢、だろうか。


 柄にもなく夢なんか見ていたのだろうか、私が。


 だとしたらとんだ笑い話。


「まぁ、必要はないけれど休息は必要だからね」


「……そう、ね」


「これは重症だ」


 何だろう、どうしようもなくふわふわする。


 心ここにあらず、とはまさにこのことだろうか。


 心なんて持ち合わせていないけど。


「いいから一度思いっきり休みなさい。時間なんて無限にあるんだから」


「…そうする」


 私はその言葉だけ残して、彼の元を後にした。


 ***


 …ふむ。


 どうやら、少しづつ自我が不安定になってきている。


 抜け殻がもう一人の自分と関わるとこうなるのか。


 このまま放っておくとどうなるのかも興味深い。


 が、彼女がどうなるのかわからない以上無暗な真似は出来ない。


 少し、揺さぶりを入れてみようか。


 たとえそれで、僕自身が消滅することになっても。


 ***


「やぁ、こんにちは」


 あなたは、誰?


「僕は、えっと。そうだな…。魂だけの存在、かな。いや、存在はしてないんだけどね」


 難しいことを言うのね、あの人と同じ。


「はは、実際の所僕自身もよくわかってないんだ」


 …ふぅん。それもあの人と同じね。私もそうだけど、ここで意識を取り戻してから自分のことを知らない人ばっかり。


「返す言葉もないよ。…ところで、彼女とはうまくやれてるかい?」


 あの人のことを知ってるの?


「まぁね」


 何ていうかな、最初はとっつきづらそうだなって思ってたけど、意外と気が合うんだよね。話もちゃんと聞いてくれるし。


「よかったら、もう少しだけ話を聞かせてくれないかい?」


 …あんまり本人のいないところで話していいのかわかんないんだけれど。


「聞かれて困ることならあとで僕から謝っておくよ」


 そう?それなら、まぁいいかな…?…あ、でも駄目だ。


「どうかしたのかい?」


 私、あの人のこと何も知らない。あの人、自分のことはあんまり話してくれないから。


「…自分にも、話さないのか」


 何か言った?


「いや、何でもない。それならそうだね、今度は彼女と3人で話してみないかい?」


 それは…。まぁ、いいんじゃないかしら?


「決まり、だね」

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