第10話 反吐が出るくらい嫌いなの

 なんだろう。この感情は。


 怒り、憎しみ、哀しみ、愉悦感、劣等感。そのどれでもない。


 …ダメだ、わからない。


 あの子と話した後から湧いてくるこの感情。


 不快感は無い。けれど不思議な気分だ。


「何か考え事かい?」


 不意に声を掛けられ、私は声のした方を向く。


「悩みの種を持ち込んだのはあなたでしょ」


「さて、何のことやら」


 相変わらず、飄々としている。


「何を考えて私にあの子を任せたのかしら?」


「気になるかい?」


「気になるから聞いているのだけれど」


 こうして会話が噛み合わないのもいつも通り。


 とはいえ、生前から誰かと会話らしい会話をした覚えがないのでどんな会話が一般的なのかはわからないけど。


「うーん…。今はまだ言えないかな。もう少ししたら教えてあげるよ」


「期待しないで待ってる」


 言い残して私は重い腰を上げた。


「どこかへ行くのかい?」


「あの子のところ。自分でやるって言ったんだし」


「律儀だね。君のそういうところ、嫌いじゃないよ」


「好きに言ってろ」


 ***


 再び私はこの場所に降り立つ。


 今まで同じ人物の心に2度入り込むなんてことなかったから少し新鮮な気分。


 来てくれたんだね。


 真っ暗な世界の唯一の光源を見つけるや否や、頭に声が響いた。


「気が向いただけよ」


 それでも嬉しいよ。


「はいはい、そうですか。というか、こんな何もない場所であなたは一人で何をしていたのかしらね?」


 そうなんだよ。ここ何にもないからすごく退屈なんだよ。


「でしょうね」


 だからね、話し相手がいるだけですごく退屈がまぎれるんだ。


「私はあなたの暇つぶしに付き合うためにここに来たのではないのだけれど」


 そうなの?じゃあ何しに来たの?


「あのねぇ…」


 どうもこの子と話していると、彼とは違った意味で疲れる。


 思いっきり振り回されているような気がして、言葉が通じているのかとさえ錯覚する。


「いい加減失せて、新しく人生やり直したら?」


 でもそうしたら、あなたにはもう会えなくなるでしょ?


「新しい人生が終わったらまた会えるかもね?…あぁでも、その時合うのはあなたじゃない別の誰かになりそうだけれど」


 そんなの寂しいじゃない。私はせっかくできた繋がりを大事にしたいの。


「繋がり…」


 その言葉は私には地雷だ。


 軽々しく口にしないで欲しい。


「……」


 どうかした?


「その言葉、反吐が出るくらい嫌いなの」


 あっ、ごめんね…?


「ま、次から気をつけてくれればいいわ」


 そうする。


「わかればいいの」


 不思議とあまり怒る気にはならなかった。


 心だけの存在に怒っても仕方がないかもしれないが。


「あ、でもよく考えたら次なんてもうないかもね?あなたがもう消えることを望めば」


 ううん、私はまだ消えないよ。


「強情。何があなたをそこまで残留させるのよ」


 わかんないけど、なんかまだ消えちゃいけないような気がして。


「何それ」


 そしてまた、私とこの子の意味のない会話で時間は流れていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます