第4話 廊下のどこかに宿る人魂


 視線を感じる。

 振り向くと、いつの間にか、部屋の引き戸が5センチほど開いていた。

 視線を感じたはずだが、誰かが覗き込んでいる様子は無い。


 まあいつものことだ。

 どうせまた〝あいつ〟が覗いていて、俺が振り向いたから、慌てて逃げたというところだな。


 そんなことを思っていた矢先、突然、5センチの隙間から鼻と口が飛び出した。

 天ぷらを食べた直後かというくらい、てらてらと脂ぎった唇が、ゆっくりと大げさな動きをした。


 声は聞こえないが、どうやら「せ ん た く も の を た た め」と言っているようだ。


 だが、申し訳ない。

 本当に申し訳ない。


 期待に添えず心苦しいが、俺は、幽霊だ。


 いくらお前が永遠に自室に引き籠っていたいと願っても、幽霊の俺は、なにもしてあげられない。

 しかも、俺は、廊下から他の場所へは移動できない。


 俺は、廊下に棲む地縛霊だ。


 俺が見えるのは、まあ、運が悪かったな。

 だけど、地縛霊の俺に家事を頼むなよ。……いや、頼むというより、命令だな。


 まったく、情けない。

 ここまで頑なに、部屋から出ようとしないなんてな。

 そのくせ、服の皺には拘るんだから始末が悪い。特に、ワンピース!

 そんなに気になるなら、部屋から出て、好きなように畳めばいいのに。


 ほら、飯が置いてあるぞ。さっさと食わないと冷めるぞ。


 ……無視かよ。


 仕方がない。なんとかして洗濯物を廊下に移動させよう。

 いま畳んでやるから、安心して飯を食え。ほら、冷めるぞ!


 まったく、お前ときたら、世話が焼ける。

 俺がいないと、本当にだめなんだよな。


 頑ななお前のために、俺も、頑なに廊下から離れない。

 ずっと、見守ってやるよ。

 いつまでも。



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