きみの色

 侍女のお仕事は毎日ではなく、一週間に一日はお休みを貰うことができた。

 勿論あらかじめ侍女長さんに連絡をしておけば、連続で休暇をとったりもできるのだが、別に人が増える訳ではないので、一人休んだ分の負担は残った侍女達の負担となった。

 休み明けにはみんなの機嫌取りにお菓子を配ったりする習慣があるらしく、あまり気軽にお休みをとれるような環境では無いなと、配られたお土産のお菓子を食べながら私は思ったのだった。


「オルタンシアはニフルハイム家なんだし、侍女の仕事をしないで屋敷で寛いでいたらいいんじゃないの?」


 侍女仲間のリルカが、部屋のベッドメイキングを一緒に行っているときに私に聞いてきた。


「いや、私は暫定ニフルハイムなんで、正規じゃないみたいな?それにアルフラウ様もオリフラムお姉様もお仕事はなさっているから、私だけ遊んでる訳にはいかないよ」


 シーツや枕カバーを引っぺがしながら回収袋に詰め込んだ後、新しい枕カバーと取り換えてシーツも敷き直した。


「なに暫定って、面白いんだけど。オルタンシアのお父さんとお母さんって誰なの?すごく気になるー」


 リルカは部屋の塵を片付けが終わると、好奇心に輝いた目で私を覗き込んだ。


「それは、秘密……あんまり油売ってると、侍女長さんにどやされちゃうよ。次のお部屋に行こう」


「ちぇー、オルタンシアは真面目だなー」


 その後は、二人でお仕事をてきぱきと済ませて、今日の業務は午前中で完了することができた。

 私は外出の支度を整えるために部屋に戻ろうとすると、通路の途中にオリフラムお姉様が待ち構えていた。


「オルタンシア、君もニフルハイム家なんだし街の外に出る時は、正装で出かけるようにしなよ」


「はぁ、正装……ですか。オリフラムお姉様のようなお洋服を着て出かけるようにしろと?」


 オリフラムお姉様は男装をしているので、ズボンにスーツを着て出かけろとという意味なのかと私は想像した。


「いや、別に僕の真似はしなくていいよ。ニフルハイム家の女性はほとんどが魔術師だからね、礼服用の魔女服があるんだよ」


「えっ、初めて知りました。アルフラウ様の着ているローブとは違うんですよね?」


「うん、違うね。服の方は部屋に置いてあるから、オルタンシアは侍女の仕事が無い時はそれに着替えておいてね」


「あっ、はい」


 オリフラム様が何か企んでいるようなニヤリとした笑みを向けるので、私は何となく嫌な予感がしつつも部屋へと戻って行った。

 部屋に戻るとベッドの上には黒い魔女服と、とんがり帽子が置いてあった。

 黒い魔女服はローブというよりも身体のラインがよく出るぴっちりした服で、スカートにはスリットが入っていて横から見ると太ももが丸見えだった。


「これはオリフラムお姉様が着たら、残念な事になる服だ」


 アルフラウ様がこの礼服を着ないのは何故なのかは分からないが、オリフラムお姉様が着ない理由は一瞬で理解した。

 私が黒の魔女服に着替えて、とんがり帽子を被って部屋を出ると、オリフラムお姉様が部屋の外で待っていた。


「うん、なかなか似合うじゃないか……って、平然と着こなしてるね。なんかこう、もじもじとかしない訳?」


「え、何か変ですか?」


 自分の着ている魔女服が実は裏返しだったり、前後ろを逆に着ていたらどうしようと確認してみたが、間違ってはいなかったのでとりあえず安心した。


「あ、うん……なんか調子狂うな。いってらっしゃい」


 オリフラムお姉様は、何か釈然としないのか首を傾げながら立ち去ったのだった。



 ―ニフルハイムのお屋敷を出た私は、街のはずれにある骨董屋さんにやってきた。

 店の外に並べてある沢山の面白い物はどうやって使うのかまったく分からなくて、見ているだけでも心が弾む。

 中に入るとさらに不思議な物に囲まれた空間となり、不思議な道具のあちこちに触れながら奥にいる店の主人の所まで進むのだった。

 このお店を見つけたのは、街の散策をしていた時に偶然目に留まったからなのだが、その骨董屋の主人が私の知っている相手で、初めて出会った時はとてもびっくりしたものだ。


「いらっしゃい、オルタンシア……どうしたの、その服?」


 骨董屋の主である灰色の髪に青色の目をした青年の名はミロワ。

 かつて舞踏会を見に屋敷に忍び込んでいた所を、私が偶然見つけた事から奇妙な縁でお友達になった相手である。

 骨董屋には何の用途に使うのかまったく分からない道具が沢山あり、それの使い方をミロワに教わって他愛のない話をするのが私の楽しみとなっていた。

 彼は黒の魔女服が気になるようで、変な形の椅子に座りながら不思議そうにしげしげと眺るのだった。


「こんにちは。えっ、これ?ニフルハイム家の正装だから、屋敷から出る時には着て行きなさいって言われて。どう、なんか変かな?」


「いや、オルタンシアがそういう服を着るのは似合ってると思うけど、なんか魔女っぽくて懐かしいような……なんだか不思議な気分だよ」


 私も近くにあった変な形の椅子に座ると、ミロワはテーブルを出してきてお茶の準備を始めた。


「懐かしい?私はこの服を着るのは初めてだけど、ミロワはこの服を見た事があるの?」


 カップに注いでくれたお茶を飲みながら、私はミロワに尋ねた。


「ん?確かに見るのは初めてかも。ただ、魔女っぽい雰囲気があると何となく懐かしくなっちゃうのさ」


 ミロワも自分で入れたお茶を飲みながら、照れくさそうにはにかんだ。


「……ミロワは、私の事をずっと前から知っていたの?」


「……どうしてそんな事を聞くんだい?」


 質問に質問を返されて少しめげてしまったが、私の疑問をミロワにぶつけてみる事にした。


「初めて会った時に、私の名前を知っていたでしょう?オルタンシアだって」


「そうだね。確かに名前を呼んでしまった気がするよ、雰囲気が似ていたから」


 ミロワは気まずい気分なのか、私から視線を外してお茶を一口すすった。


「少し考えたんです……もしも、親しかった人に突然忘れ去られてしまった時。どれだけその人の心が傷つくのかって」


「……」


「私はミロワのお友達か恋人だったりしたのでしょうか?教えてください」


 ミロワはお茶を吹きだした反動で、椅子から転がり落ちて膝を打った。


「ぶはっ……!ちょっと待った!それは思い込み違いだし、俺そもそも恋人が居た経験もないし、恋とかよく分かって無いから」


「そうですか。というか、服濡れちゃってるよ」


 私はハンカチを取り出して、ミロワの濡れた服や顔を拭いた。


「それでも、私がミロワにとってどういう価値を持つのか知りたい。私は自分にあんまり価値を見出せていないので」


「価値って……オルタンシアは面白い事を言うね。確かに俺は紫の魔女オルタンシアの事を知ってはいるけど、それは目の前にいるオルタンシアの事じゃない。

 俺の知っている紫の魔女オルタンシアの事を話すという事は、君という真っ白な紙に紫のインクをぶち撒けるようなもんだよ。知ってしまったら、


「……よく分からないですけど、私の事を思ってくれているんですね」


「うん、まぁ……俺の知っている色に君を染めたくないんだよ、オルタンシア」


 ミロワは椅子に座り直すと、空になってしまったカップにまたお茶を注いだ。


「でも、私はミロワの事をいっぱい知りたいし、ミロワにも私の事をたくさん知って欲しい」


 私の言葉にミロワは目を丸くしてボーッとしていたが、暫くすると私の言った事が面白かったのかクスクスと笑い始めた。


「うん、ありがとう。俺もオルタンシアの身近に起こった話を聞くのがとても好きだよ。俺の骨董屋にはほとんど客が来ないから面白い話もあんまりないんだけど……ここにある道具の使い方とか教えてあげられるしね。何か使い方が分からない道具があったら相談してよ」


「はい。困った時は相談に行くから期待してるね。困らなくても遊びに来るけど」


 私もミロワが楽しそうに話す姿をみて、朗らかな気持ちになるのだった。


「あっ、そうだ。今度お休みの日に、どこかに出かけたりするのはどうかな?ミロワの方がニフルハイムの街に詳しそうだし、色々教えて貰えそう」


「お、いいね。でも俺もそんなに出歩かないから、そんな詳しいって程でもないけど。オルタンシアと出かけるならきっと退屈しないね」


 はて。

 私は自分の事を知るためにミロワの所に来たのに、どうして遊ぶ約束をしているんだろうとふと我に返りそうになったが、細かい事は気にしたら負けなので気にしない事にするのだった。




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