討伐戦5
「アルフラウ様、オリフラム様!よくぞご無事で」
一日遅れでアバーシの街に到着したオリフラム達を、氷壁騎士団隊長のシリウスが街の入り口で出迎えた。
「こちらこそ、遅れてすまない。騎士団のみんなは無事かな?」
オリフラムは騎乗
「全員無事です。ブリック殿が作戦本部の方も用意してくださいました。ご案内いたします」
シリウスの案内で、ブリック子爵の館に案内されたオリフラムとアルフラウが、作戦会議室の部屋に入ると、長いテーブルに座っていた氷壁騎士団の全員が立ち上がり、拍手と喝采で出迎えた。
「おかえりなさいませ!アルフラウ様、オリフラム様」
「いやぁ、俺は分かってましたよ。アルフラウ様と、オリフラム様なら無事に戻って来るってね!」
副隊長のアルドラが腕を組みながら偉そうにしていると、隊長のシリウスが彼の頭を押さえて髪をくしゃくしゃした。
「実は、こいつが一番動揺してたんですよ。アルフラウ様もオリフラム様も戻らなかったらどうしよう、ニフルハイムはお終いだって……泣いてました」
「泣いてねぇよ!話を盛るなよ隊長!」
「あはは。でも遅れてごめん。早速だけど、霜の巨人〈ザンギュラ〉討伐の作戦を練り直そうと思う」
オリフラムは会議室に置いてある羊皮紙をテーブルに広げると、霜の巨人の特性とその対策について書きこんだ。
まずは〈ザンギュラ〉の本体は青白い雲であり、フレースヴェルグ伯の体内に潜み身体を操っている事。
憑依した相手の戦闘能力をそのまま行使できる他に、吹雪の吐息を吐くことができる事。
憑依した相手が戦闘不能に陥ると、青白い雲となり抜け出して近くの人間の体内に入り込むという事を説明した。
「つまり、フレースヴェルグお父様を倒したとしても〈ザンギュラ〉に身体を乗っ取られてしまうと、また同じ悲劇が起きてしまう」
「それでは、我々氷壁騎士団は重装備を避けて、機動力を重視せよという事ですね」
隊長のシリウスの言葉にオリフラムは頷いて、羊皮紙に陣形を書きこみ作戦の詳細を詰めた。
「僕も操銀糸を使って
「
「そして、フレースヴェルグ元伯の事だが、既に大きな罪をニフルハイム領とシベルア領において犯している。
これ以上の過ちを繰り返さぬよう、我々はアルフラウ女伯爵の決定によりフレースヴェルグを討伐する。情けはかけるな、己の心を凍らせて霜の巨人を討て!」
「
今日は天気が穏やかな事もあり、作戦会議を終えたオリフラム達は前回の討伐戦で損失した物資を補充すると、その足でアバーシを発った。
前回接敵した地点の周辺までやってくると、放置された
だが、操銀糸は解かれフレースヴェルグ元伯の姿もそこには無かった。
氷壁騎士団は
アルフラウは赤いローブにマフラーを巻き、
周辺を索敵すると、氷壁騎士団の一人が雪に大きな足跡が残っている場所を発見した。
オリフラム達が足跡を追跡すると、雪原でヘラ鹿を食らう霜の巨人の姿があった。
死んでもお腹が減るものなのかとオリフラムは思いつつも、一度腕を上げて部隊を停止させ作戦の陣形に分かれるよう指示した。
霜の巨人は部隊の接近に気付いて
「全軍、
オリフラムの号令と共に、四方から巨人を取り囲んだ氷壁騎士団の部隊は、予め
霜の巨人が進む方向の部隊は下がり、他の部隊はそれを取り囲むように手槍の有効射程範囲へと接敵する。
いくら
この雪原で戦うのであれば、障害物に妨げられることも無いため周囲からの手槍による攻撃で霜の巨人は徐々に体力を削られていくのだった。
攻守の連携をとる事によって、大きな個体に対しても立ち向かうことができる狼の闘争の本能が生み出した
いかに振るおうと虚しく空を切る
だが、それはフレースヴェルグ伯本来の戦い方ではない。
彼の戦闘力は強力な突進力で、陣形など組む前に敵をまとめてその巨大な武器で蹴散らすのだ。
氷壁騎士団の者たちも、霜の巨人はフレースヴェルグ伯の本来の力を発揮していないと知ると、その連携もさらに滑らかになり手数によって霜の巨人を追い詰めていった。
業を煮やした霜の巨人は
雪遊びのように、氷の柱が雪原に作られてゆくだけだった。
オリフラムは頃合いを見計らって背後から操銀糸を放つと、霜の巨人の四肢に絡ませて動きを鈍らせた。
「今度は一切油断はしないよ……父上、さようなら」
氷壁騎士団の渾身の力を込めた手槍の投擲が、一斉に霧の巨人の身体を襲った。
『グ……ガッ』
霜の巨人はついに動きを止め、片膝をついた。
青白い煙が身体から立ち上がると、本体である〈ザンギュラ〉が姿を見せるがその近くには最早氷壁騎士団の姿はなく、騎乗
「アル!呪文を!」
アルフラウはオリフラムの後ろに乗っていた
「古の契約により、アバーシのすべての
青白き雲の〈ザンギュラ〉はアルフラウに収束する言霊に只ならぬ危機を感じたのか、槍状の姿をとると猛スピードで標的に襲い掛かった。
「えっ、何!?僕かよ!?」
操銀糸では雲は掴みとれない。
オリフラムは投げ槍のように飛んでくる〈ザンギュラ〉を避けようと騎乗
それならば、最小に被害を抑えるしかない。
「邪なるもの〈ザンギュラ〉を彼の地へと……」
アルフラウの詠唱はまだ終わらない。
オリフラムは〈ザンギュラ〉の突進を止めるべく、アルフラウの前に立ち塞がった。
「オリフラム様ー!」
後退していた氷壁騎士団達は、目の前で起ころうとしている惨劇を止めることができず絶叫した。
強烈な衝撃は、オリフラムの身体に触れた槍状の形体となった〈ザンギュラ〉の軌道を逸らし、青白い煙は雪の中へと深く埋もれた。
「あれっ、生きてる?」
同じような現象を、過去にオリフラムは経験した事を思い出す。
あれは確かアルフラウに刃を向けたときに、己に攻撃が返って来た……心にも身体にも痛い記憶。
そして、アルフラウが決戦前夜にオリフラムに紡いだ言霊。
『言霊達よ、古の契約に応え、愛しきものを護りなさい』
防御魔術の反射だった。
「還し、この地から追放せよ……大いなる言葉、
アルフラウが言霊を紡ぎ終えると、青白い雲〈ザンギュラ〉は目の前に現れた強烈な光に、その身を蝕まれていった。
『グアアアア!アアア……ァァ……』
眩い光に青白き雲がすべて飲み込まれると、光は消滅し青白い雲は何処にも居なくなった。
「す、すごいね。ザンギュラ本当に倒しちゃった……」
今の魔術はもしかして、人間にも効くのだろうかとアルフラウに聞こうかと思ったが、答えが怖いのでオリフラムは止めた。
「倒した訳じゃないよ?邪なるものを元の深淵に還しただけ。でも、シヴェターシに這い上がって来れるのは数百年後だから、気にしなくてもいいと思う」
「気にしたら負け……か。うん、そうだね。遠い未来過ぎて、憂う事も無さそう」
気が付くと、氷壁騎士団達がオリフラムの元へと駆けつけていた。
「アルフラウ様、オリフラム様、無事で何よりです」
氷壁騎士団隊長のシリウスは、霜の巨人の脅威が去った事に微笑んだ。
「ああ、みんなもよくやってくれ……」
オリフラムが氷壁騎士団達に労いの言葉をかけようとした時、その背後に大きな人影が迫っている事に気付いてしまった。
傷だらけでユラリと此方に近づいてくる、フレースヴェルグ元伯爵の肉体。
「オリフラムよ……儂は〈ザンギュラ〉に操られていたというのか」
「え、生きてる?喋ってる!?」
フレースヴェルグ元伯爵の驚異的な生命力に、オリフラムと氷壁騎士団は恐怖して身動きができなかった。
「はい。今は私がニフルハイム伯爵領の領主です。残念ですが、お父様が操られていたとはいえ罪を犯してしまった事を、領主としては許すわけには参りません」
「うむ……アルフラウよ、裁きを受けよう。お前の好きにするがいい」
フレースヴェルグはアルフラウの前に膝をつき、彼女の言葉を待った。
「アバーシ監獄で罪を償ってください、お父様。それが私の答えです」
「……承知した」
アルフラウの言葉にフレースヴェルグは頷くと、立ち上がってアバーシの街の方へと歩き出した。
「お、お父様……あの……生きておられて、良かったです」
恐る恐るオリフラムが声を掛けると、フレースヴェルグは一度歩みを止め、オリフラムの頭に手を添えた。
頭を握りつぶされる!
オリフラムはその瞬間で死を覚悟したが、父親の手は不器用ながらそっとオリフラムの髪を撫でた。
「アルフラウ共々、ニフルハイムの事は任せたぞ、オリフラム」
「あ……はい、お父様」
フレースヴェルグ元伯爵は、自ら霜の巨人として犯してきた罪を告白し、アバーシの監獄で刑期を全うする事となった。
アルフラウはブリック子爵との約束通り、ザンギュラ討伐の報酬を受け取りニフルハイム領へと無事に凱旋した。
霜の巨人を倒した噂は瞬く間に広がり、オリフラムを含めた氷壁騎士団の名声はグランツ王国全土に広まった。
こうしてシベルアの霧の巨人〈ザンギュラ〉の討伐は終わりをつげ、ニフルハイム領にはささやかな平穏が訪れるのだった。
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