2章:鏡面世界

魔鏡1

「元凶はやはり……この鏡か」


 風に揺れる黒色の長髪を気にしながらも、魔女は廃墟に無造作に置かれた何も映さないくすんだ鏡を見つめていた。

 彼女が受けた依頼は原因さえ知っていれば、とても単純明快なものだった。

 それは親族からの依頼で、富豪としても名高い老貴族の失踪の原因を突き止める事。

 余命幾許よめいいくばくもない老貴族の遺産を虎視眈眈こしたんたんと狙っていた親族たちにとって、一夜にして廃墟と化した豪邸と泡のように消え去った高価な芸術品と財宝の数々は、まさに寝耳に水の出来事だった。

 

 魔女は別に富豪の親族から成功報酬が欲しくて、この事件に関わった訳ではない。

 ただ、老貴族の所持していた芸術品の中に、彼女の館から盗まれた鏡が紛れ込んでいないか、それを確認したかった。

 それはミスリル製の意匠を凝らした鏡で、芸術品としても相当の価値を持つが、何より鏡に映った者を思い描く場所へ転送する事の出来る移送鏡テレポーターだった。

 

 その鏡はニフルハイム領にいくつか存在し、遠方を行き交うための交通手段として貴族達に利用されていたが、ある貴族の青年が移送鏡テレポーターを通ったまま行方不明になる事件が起こった。

 魔術師たちは青年の捜索にあたったが手掛かりはつかめず、そのうち鏡の一つに悪魔が住みついて、人を鏡に閉じ込めると言う噂が貴族達に流れ始めた。

 魔術師たちの真相の究明も空しく、失踪の恐れのある移送鏡テレポーターの利用は禁止となった。

 ほとんどの鏡は魔術師たちにより破壊され廃棄処分となったが、凝った意匠の枠飾りのついた鏡を芸術品として一人の魔女が引き取った。

 その移送鏡テレポーターは彼女の館にて厳重に管理されていたのだが、破城槌で館の壁を破壊してまで強引に侵入した強盗団によって、ある日盗まれた。

 魔女が鏡を盗んだ強盗団の足取りを追ううちに、辿り着いた場所がこの老貴族の屋敷……だったと思われる廃墟だった。


 魔力を失ってくすんだ鏡は、目の前にいる魔女を映しだす事は無かったが、その原因は恐らく老貴族が移送鏡テレポーターを用いた所為なのは間違いがなかった。

 老貴族が何処へ旅立ったのかは、魔女には大体の見当がついていた。

 恐らく彼は死に際に、財宝と共に死の世界かくりよへと旅立ったに違いない。

 

「地獄の沙汰も金次第……とは聞くけど。死んでまで金に囚われるのか」


 老貴族の愚行に溜息をつきながら、魔女はくすんだ鏡に手を掛けようとした。


「お前……もしかして紫の魔女オルタンシアか?」


 表面がくすんだの移送鏡テレポーターの裏から、ボロボロの服を着た尖った耳の少年がいつの間にか顔を出していた。

 少年の言う通り魔女の着ているローブは紫色で、その眼の色も紫だった。

 紫の魔女オルタンシアは初めて見る少年に名前を知られているのは不思議には思ったが、あまり相手にしないように少年からは視線を逸らした。


「さあ。世間にどう呼ばれているのかは興味はないね。そこのきみは人ではなさそうだね。鏡に悪魔が住むなんて噂は聞いた事はあるけど……」


「えっ、虫扱いはひどくない?って、もしかして無視ですか?」


 紫の魔女オルタンシアは少年を一瞥すると、何も言わずに鏡を回収しようと手をかけた。


「ねぇ、ちょっとー?そもそも俺が何なのか知ってる?俺自身がよく分かってないんだけど実は」


「……知っている。マナ異性体エキュオスでしょう。まさか鏡からも生まれてくるとは知らなかったけど」


 魔女はそっけない返事をしたが、マナ異性体エキュオスの少年は驚いたように自分の身体を自分で確かめていた」


「……俺、マナ異性体エキュオスっていうのか初めて知った。

 で、マナ異性体エキュオスって言うのは何?」


「魔術の源となるマナが密になる場所に生き物の感情が干渉すると、形を作ってきみのようにマナ異性体エキュオスが生まれたりするみたい。

 でも、まさか鏡を回収してお土産オマケが付いて来るとは思わなかった」


 紫の魔女オルタンシアは大きなため息をつき、鏡を持ち上げて回収しようとするとマナ異性体エキュオスの少年も鏡を持つのを手伝った。


「この鏡って、紫の魔女オルタンシアが作ったんでしょ?その鏡から生まれた俺も責任もって育ててみない?」

 

移送鏡テレポーターは私と仲間の魔術師の作品だよ。だから壊したくは無かったんだけど……マナ異性体エキュオスなんて育てた覚えが無いから、野垂れ死んでも文句は言わないでね?」


「言わない言わない!だって、こんな所に一人でいる方が辛そうだもん。

 紫の魔女オルタンシアさんありがとう。ママって呼んでいいかな?」


「それはどうだろう、遠慮したい。きみをマナ異性体エキュオスと呼ぶのも素っ気ない気がするね……ミロワとでも呼ぼうか」


 ミロワと呼ばれた少年は目を輝かせ、ニコリと微笑む。


「ミロワ!俺の名前はミロワ!なんかいいね、ありがとう!ところでこの鏡どこまで持って帰るの?重いんだけど」


 確かに人の大きさもある金属の鏡である。ミスリルという軽い金属では出来ているものの遠くに運ぶのには一苦労だった。


「確かに……そうだ、ミロワ。きみが馬になれ」


「えっ、そんな能力持ってないんだけど」


「私が姿を変える魔術が得意なだけだよ。鏡を運び終わったら戻してあげるから、よ・ろ・し・く」


「ええっ!ちょっとまっ……ぎゃー!」


 ミロワが抗議する前に紫の魔女オルタンシアは、呪文の詠唱詠唱を済ませると、少年の姿が霧に包まれあっという間に馬に変わった。


 紫の魔女オルタンシアは馬の背に鏡をロープで括り付けると、自らも馬に飛び乗って彼女の住む館のある森へとミロワを走らせるのだった。

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