討伐戦2

 ニフルハイムの黒百合、オリフラム率いる霜の巨人〈ザンギュラ〉討伐隊はブリック子爵領のアバーシを目指して順調に街道を進んでいた。

 討伐隊の編成は姉のアルフラウに妹のオリフラム。

 そこに氷壁騎士団の隊長シリウスと、副隊長のアルドラ以下騎士団員八名の計十二名の構成となっている。

 ニフルハイム領の普通の小隊よりは若干少ない構成ではあるが、部隊の機動性を重視した結果であり、戦力としては並みの一個小隊を上回る猛者揃いだった。

 道中、普段は侍女達に任せているので意識していない事ではあったが、アルフラウは普通の人の三倍はご飯を食べる。

 食料の備蓄が多い時には気にならなかったが、二日も経つと急激に減っていく食料に対して騎士団長のシリウスが心配そうにオリフラムに相談した。


「オリフラム様……アルフラウ様のお食事はどうなっているんですか。我々三人前ぐらい一人で毎回平らげているような気がするのですが」


「あ、うん。あれがアルの普通の食事の量なんだ。びっくりするとは思うけど、特に健康に問題は無いから気にしないで欲しい」


「そうですか。しかし、食料はもし足りなくなったら途中の街で補給も考えた方が良いですね。吹雪などで足止めされた時に致命的ですので」


「確かにそうだね。気遣いありがとう」


 今のところは天候が良いが、いつ崩れるかは分からない。

 万が一吹雪で足止めをくらったら、空腹の状態で戦闘に臨むことになるかもしれない。

 オリフラムは、シベルアに着く前に寄った街で食料を買い込んだ後、一泊の宿をとっった。

 宿をとったついでにオリフラムは、近くの街の人に霜の巨人についての情報も聞き回ってはみたものの、シベルア領でもアバーシにもっと近い場所での目撃が多いらしく、暫くは戦闘の心配をする必要は無さそうだった。

 折角街に着いたのだから、ご飯を食べたりご飯を食べたりしようというアルフラウを宥めつつ、オリフラムは早めに部屋に戻って自分の装備の調整を行う事にした。

 師匠である赤き傀儡師シオンの魔術具を勝手に拝借した操銀糸。

 本来は戦闘人形オートマターを操るのに使う糸らしいが、対象物を拘束するのにも使えたり戦闘の補助サポートにも使うことができる。

 実戦で使う前にしっかり訓練はしているので、本番で糸が絡まって使えないというような失敗は流石に無い。

 この操銀糸で、いかに氷壁騎士団の仲間達を補助サポートできるかが、霜の巨人戦での勝利につながるとオリフラムは想定するのだった。


「というか、アルが呪文使えばどんな敵も怖くないものなぁ……僕らは詠唱の時間稼ぎをすれば良いだけ。それで戦闘終了チェックメイトだ」


 油断さえしなければ、霜の巨人〈ザンギュラ〉は倒すことができる。

 先に隣のベッドで寝ているアルフラウの髪を撫でながら、オリフラムはそう心に言い聞かせて眠りについた。


 翌日、霜の巨人との遭遇もなく、無事シベルア子爵領住むアバーシへと到着した。

 アルフラウが直接出征してきたという事で、ブリック子爵は慌てて街の入り口までやってきて一行を出迎えた。


「はあああ、まさかアルフラウ閣下みずから出向いていただけるとは恐悦至極。詳しいお話は屋敷の中で。勿論晩餐会の準備も整っております」


 アルフラウ達の父であるフレースヴェルグ伯と同じぐらいの年頃のブリック子爵は、ニフルハイム家の男にしては意外と気が利く人物で、やや小太りで貫禄はあまりないのだが、その外交の手腕はオリフラムも認める程だった。


「そんなに緊張しないでください。ブリックおじ様。でもご馳走は楽しみにしていますね」


 相変わらず食べ物の興味が第一のアルフラウに、オリフラムは苦笑いをしつつシリウス達と共に屋敷での歓迎を受けた。

 ブリック子爵の話は伝令から受けた内容とほとんど同じで、霜の巨人の討伐の支援をアルフラウに願い出た形で、報酬としてはかなりの額の資金が用意されていた。

 ブリック子爵の氷槍騎士団の小隊の中にはかなりの凄腕の者も居たらしく、今回の部隊壊滅の被害で騎士団員の士気が著しく下がっている事も明かした。


「このような形でアルフラウ閣下の手を煩わせてしまう事を誠に申し訳なく思います。しかし、今後のお互いの交易のためにも、霜の巨人をどうかよろしくお願いいたします」


 テーブルに額をつけて頭を下げる子爵に、アルフラウは近寄るとその肩に手を添えた。


「頭を上げてください、ブリックおじ様。私達で霜の巨人の事は何とかします」


 その夜、氷壁騎士団と最終的な打ち合わせをしたオリフラムは、アルフラウと一緒の部屋に戻り寝る準備をした。

 今日のアルフラウは起きているようで、寝間着のまま机に座って日記を付けていた。


「アルは寝ていなかったの?先に寝てもいいのに」


 オリフラムは日記を書いているアルフラウに背中から覆いかぶさろうとしたが、驚いたアルフラウが立ち上がったので、ぶつからないように避けた。


「オリフゥ!急に後ろにいるからびっくりするでしょう。ちゃんと先に声をかけてね」


 そう言いながら日記を閉じて後ろに隠した。


「ご、ごめん。そんなに驚くとは思わなくて。今度から気をつけるよ、アル」


 いつも通り優しく頭を撫でると、白髪の少女は機嫌を直したらしく緋色ルビーの目で微笑んだ。


「明日の事を忘れないように書いておいたんだよ。オリフゥは怪我をしないようにね」


 つま先立ちで背伸びをすると、アルフラウはオリフラムの頬に口づけした。


言霊達ルーンよ、古の契約に応え、愛しきものを護りなさい」


 白子アルビノの少女の小さな呟きが部屋に木霊した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る