討伐戦1

「全員、持ち場につけ!ヤツを逃がすな!」


 吹雪は相変わらず視界を遮っていたが、普段から雪中行軍の訓練を受けているブナハーブン小隊は、包囲網により着実に標的を追い詰めようとしていた。

 討伐の対象は、このシベルアの大地を脅かす霜の巨人〈ザンギュラ〉

 追い詰められた霜の巨人は、怒りのためか青い目が爛々と輝き、その息は青白い煙のように空へと霧散してゆく。


「今だ!突撃!」


 小隊長の号令と共に、騎乗海豹アザラシに乗った騎乗槍ランサー部隊が、標的である霜の巨人〈ザンギュラ〉の身体に突撃を開始した。

 四方から襲い掛かる騎乗槍ランスが巨人の身体に届こうとする瞬間。

 目も眩むような巨大戦斧ポールアックスの一振りで、乗り物の海豹アザラシごと薙ぎ払われる。

 運よく霧の巨人の間合いに踏み込む事ができた、数人の騎兵の槍は胴体に深々と突き刺さるが、それでも進撃を鈍らせることができなかった。

 巨人に引き抜いた槍ごと地面叩きつけられた騎兵は、その一撃でピクリとも動かなくなり、主を失った海豹アザラシは雪面を滑るように逃げ散ってゆく。


「くっ、救護班!動ける者には手当を!攻撃の手を緩めるな!歩兵隊、前へ!」


 ほんの一瞬で部隊は半壊。

 引き際を誤った小隊長は己の無能さを呪い、散って行った部下達へ祈りを捧げた。


「すまない……お前たちの恨みは、俺が晴らす!」


 ブナハーブン小隊長は黒い騎乗胡獱トドを駆り、霜の巨人へと突撃する。

 胡獱トドをそのまま〈ザンギュラ〉に突撃させると、流石の霜の巨人も衝撃により片膝をついた。

 その隙を逃がさず首を狩ろうと飛び掛かった小隊長は、鋭く剣を振り下ろす!

 だが、巨大戦斧ポールアックスを手放した霜の巨人は、小隊長の身体を手で掴んで捕らえてしまった。


 小隊長の振り下ろした剣は、巨人の腕を切りつけただけに過ぎず、その武器は雪の中へと落ちて行った。

 霜の巨人の握力はすさまじく、鎧越しでさえ締め付けられた身体の軋みが分かるほどだった。


「ぐはっ……」


 朦朧とする意識の中で、吹雪で見えていなかった霜の巨人の顔が迫ってくる。

 小隊長は青白く光る眼の〈ザンギュラ〉に睨まれると、声を震わせて慄いた。


「あ、あなたは……!」



 斯くして、ブナハーブン小隊は壊滅した。






 ニフルハイム伯爵領の最北端は、氷の海が広がる最も気候の厳しい場所ではあるが、海豹アザラシ胡獱トドなど貴重な蛋白源が手に入る場所である。

 夏の時期であれば氷の解けた場所で漁もできるので、資源の少ないニフルハイムにおいては重要な貿易拠点にもなっていた。

 その最北の地はシベルアと呼ばれ、ニフルハイム家の親族であるブリック子爵がこの荘園を治めている。

 シベルア領の首都であるアバーシには、ニフルハイム領内で最も罪の重い罪人達を監禁するアバーシ監獄があり、その受刑者の重労働ぶりには一度入った受刑者が二度と入りたくないと更正するか、ニフルハイム領を逃げ出すレベルであった。


 そんなシベルアは交易の街道を脅かす存在に、頭を悩ませているのだった。

 太古から伝承で伝えられていた、霜の巨人〈ザンギュラ〉

 最近までその姿を見たものはごく少数で、街道で直接巨人の被害に遭う者は一年を通しても数えるほどだった。

 大きな被害が出たのは数年前で、隊商一行キャラバンが霜の巨人の襲撃で半壊。

 生き残ってニフルハイム伯爵領に帰還した商人が、フレースヴェルグ伯爵に直訴した。

 商人の報告を受け、フレースヴェルグ伯爵は氷壁騎士団の精鋭と共に霜の巨人〈ザンギュラ〉の討伐へと向かったが、その消息は途絶えたままで現在に至っている。

 それからも度々、街道の旅人や隊商を襲う霜の巨人の事件が起こり、事態を重く見たシベルアの領主ブリック子爵は、霜の巨人討伐隊を編成して街道を通る隊商の護衛や、霜の巨人の捜索に努めた。

 しかし結果は、ブナハーブン小隊を含めた三個小隊の壊滅という深刻な被害を出してしまった。

 流石にブリック子爵は、精鋭であると名高い蒼槍騎士団の名を地に落とすような事態は避けたかったため、ニフルハイム女伯爵に救援要請の伝令を飛ばす事となるのだった。


 伯爵自ら霜の巨人の討伐に向かうという前例を出してしまったため、執政官のオリフラムは何とかアルフラウの出征を避ける方向で討伐隊の編成を行っていたのだが、オリフラムが討伐隊の指揮を執ると知ってしまうと、付いていくと言って聞かなくて次第には床に転がって駄々をこねた。


「アル……いい年なんだから、その抵抗の仕方はどうかと思うんだけど」


「だって、オリフゥが連れてってくれないから……ぐすっ」


 半泣きどころか本泣きのアルフラウを見ていると、最近精神メンタルが子供に戻っているのではないかとオリフラムは心配になってしまう。


「分かったよ、姉さん。でも今回は危険な仕事だから、本当は連れて行くのが不安だったんだ。

 僕は逃げ足が速いから大丈夫だし、氷壁騎士団の隊長も一緒だから何とかなるかなって……でも、アルが居てくれた方が心強いよ」


「本当!私もお手伝い頑張るね。一緒に〈ザンギュラ〉を倒そう」


 機嫌を直したアルフラウは、ようやく立ちあがってニッコリとした。

 オリフラムは仕方ないなぁという表情で、アルフラウの服に付いた埃を手で綺麗に払ってあげるのだった。


翌日、留守を執事のミリィに任せて霜の巨人討伐隊を結成したオリフラムは、ブリック子爵領へ出発の準備を整えた。

ニフルハイム領より北の街道は常に雪が積もっているため、馬での移動よりも騎乗用に飼育された海豹アザラシ胡獱トドを使うのが一般的だった。

大きな荷物を乗せたソリは騎乗胡獱トドに、小回りの利く騎乗海豹アザラシに騎士たちは乗ってシベルアを目指した。


「アルフラウ様、オリフラム様、どうかご無事で。シリウス隊長、そして氷壁騎士団の皆様……よろしくお願いします」


街の出口まで見送りに来た執事のミリィに、ソリに乗ったアルフラウは笑顔で手を振った。


「お留守番おねがいしますねミリィ。行ってきます♪」


「姉さん……物見游山じゃないんだからね。そんなに楽しそうにしないで」


 霜の巨人〈ザンギュラは〉未だ誰にも倒された事の無い強敵。

どれほどの戦力を見積もって戦えば良いのか、想定できる戦況に対応できる者を揃えたつもりであっても、オリフラムの心は不安で仕方が無かった。

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