元鞘

 目が覚めたら姉のアルフラウが隣で寝てた。

 ここは、ニフルハイム領から南に向かったカイゼル=ペールギュント伯爵領のとある城下町の宿の一室……だったはず。


「あはは、そんな馬鹿な」


 どう考えてもあり得ない出来事に、これは夢だと私は思った。

 姉は故郷ニフルハイムにて伯爵の位につく人物。

 謹慎の身分の自分の元に、どう考えても足を運ぶ筈がない。


「でもリアルな夢だなぁ……姉さんの柔らかい感触までそのままなんて」


 姉の頬をプニプニとつねり、苦笑いをする私。


「……あぅん、いたひ」


 まだ寝ぼけているような声を上げて、姉アルフラウが目を覚ます。


「おはようアル。でも夢の中で「おはよう」もないよね……よっぽど姉さんに逢いたかったのかな。なるべくこの夢が覚めませんように」


 アルフラウはやや不機嫌そうに私の胸を軽く叩いた。ちょっとくすぐったい。


「もぅ、誰が夢ですって?オリフゥはまだ寝ぼけているの?」


 私は不機嫌そうに頬を膨らますアルフラウの顔をじっと見つめた後、自分の手をつねってみる。

 ……普通に痛い。


「ね、ねぇさんっ!?なんで、こんなとこに居るのっ!?」


 慌てる私とは対称的に、落ちついた口調で話しかけるアルフラウ。


「なんでって、迎えに来たに決まってるよ」


 突然の言葉に思考が停止する私。


「え、何で?」


 満面の笑みで私に応えるアルフラウ。


「もう、オリフゥの謹慎は終わったんだよ。さぁ、ニフルハイムに帰ろう?」


「なんだってー!?そんな……予定ではまだまだ刑期があったはず」


「私が恩赦で刑を軽くしたから、今すぐ戻って来ても大丈夫だよ」


 そんな無茶苦茶な……とは思ったが、グランツ王国は他国とは少し異なる特徴があり、四方の土地を守る四伯が王に次ぐ爵位の最高位である事。

 さらには国王陛下リューノ=グランツによって、領土内での法の制定権、政策の決定権、称号の授与に至ってまで、国王に与えられている権限の殆どを行使する資格を認められている。

 私がグランツ王国の首都エスラスでサフラン王子を殴ったら、謹慎どころかそれよりも重い刑罰を受けていたかもしれないが、ニフルハイム領内で起こした事に至ってはアルフラウのいちぞんで如何様いかようにでもする事ができるのだった。

 それこそ身内の悪事がもし発覚したとしても、アルフラウなら目を瞑ってくれるかもしれない。

 とはいえ、身内は私ぐらいしか居ないのだが。


「あ、ありがとう。なんだかずるい事してるみたいで、後ろめたくもあるけど。

 ところでアルはどうやって此処へ?まさか、どこからか飛んできたの」


「うん。オリフィのいる場所は遠見の水晶球クレアボイアンスで見つけたから、後は屋敷にある移送鏡テレポーターを使って来ちゃった」


 遠見の水晶球はアルフラウが使っている所を見た事があるが、移送鏡は初めて聞く名前である。


移送鏡テレポーターって初めて聞いたんだけど……お屋敷にそんなものあったんだね。今まで見た事が無かったなあ」


移送鏡テレポーターはマナを蓄えないと使えないから、普段は地下の倉庫に眠っているから分からなくて当たり前だよ。

 鏡の裏に書かれた説明を読んだけど、思い描く場所へなら何処にでも行けるみたい。

 この世界ではない何処かにも……その代わり、移動した先に鏡が無いと戻れなくなっちゃうね」


「アル……そんな危険なものを簡単に使おうとしないで、お願いだから。

 という事は、その鏡はニフルハイムのお屋敷に残ったままだよね。

 帰りはどうするのそれ?」


 アルフラウは不思議そうな顔をして、小鳥のように首を傾げた。


「どうするのって……オリフゥと一緒に帰るよ?」


「あー、そういう話なんだね。姉さん……自分の事をもう少し大事にしてよ、お願いだから」


「いっぱいお願いされても、覚えていられないかも」


 アルフラウがしょんぼりするので、仕方なく頭を撫で撫でする。

 私の本来の使命は姉の側近として執務に従事すること。

 まだ使いの者が来たのならば追い払えるが、相手は君主であり姉のアルフラウである。領地を空けておく方の危険度の方が高い。


「と、とりあえずニフルハイム領に戻ろうか。馬に乗るのは大丈夫?

 歩いて帰るには少し遠いし、馬を買って帰ろう」


 そんな私の態度に、肩を落として俯くアルフラウ。


「オリフゥはあまり帰りたくないの?もしかして、私の事が嫌いになった?」


「ち、ちがっ!急に帰る事になったから心の準備が……姉さんの事を嫌いになる訳……ないじゃない」


 と宥めつつも、自分の退路を分断した軽率な言葉を吐いた自分を呪った。

 もう寄り道しないで、まっすぐ帰るしかない。

 シオンに頼まれていた用事は果たせそうに無かった。


「ん……帰るのが困る?オリフゥは何かやらなければいけない事があるの?」


 私の言葉が気にかかったのか、アルフラウが訪ねてきた。


「ああ、うん。シオンに探し物を頼まれていて……何の成果も無しに真っすぐ帰ると、機嫌損ねそうかなとか」


「分かった。それなら、オリフゥの探索が終わるまで私が一緒に居る」


「うん、それじゃ一緒に探索に……」


 と言いかけてアルフラウをじっと見つめた。

 笑顔で返すアルフラウ。


「姉さんが一緒に付いてきちゃダメでしょーぉぉぉおおお!!!」


 私はアルフラウの肩を掴んで絶叫した。


「大丈夫だよ。荘園の執務はミリィに任せっぱなしだったもの。私が暫く留守にしたって、何の支障もないよ」


 もしもそれが真実だとしても、何の支障もない事は問題なんだよとアルフラウを説得したが、姉はウンウンと頷きながら全く理解してくれなかった。

 ミリィすまん。

 私とアルフラウが帰るまで、ニフルハイム領の事はよろしく頼む。

 天にも祈るような気持ちで、帰路の準備を整えるのだった。

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