奇縁

「あはっ……ミロワ様は面白い人ですね。お屋敷の中で行われているのは舞踏会です。ここからでも音楽が聞こえるでしょう?あの音に合わせて踊りを踊るんです」


 オルタンシアはミロワを中心にして円を描くように踊り、軽やかにステップを踏んだ。


「おお……何だか綺麗。オルタンシアって、踊りが上手なんだね」


 オルタンシアの舞いに見惚れて、ミロワは自然に拍手を送っていた。


「ありがとうございます。でも、本来は一人で踊るものではないんですよ」


 オルタンシアはミロワの前に進むと、その手を取って寄り添った。


「ええ?あの、俺さ……一度も踊った事なんて無いんだけど」


 狼狽えるミロワにオルタンシアはそっと微笑み、肩に手を添えた後もう片方の手をゆっくりと引いてステップを踏み始めた。


「私がリードしますので、足を合わせて動かしてください。大丈夫です、私も初めはそうやって教えて貰いましたから」


「えええっ!?ゆっくりでお願いしますって、早っ!目が回るんですけどぉ!?」


 くるくると円を描きながら、テラスが舞踏会場のであるかのように月明かりの下で二人は円舞ワルツを踊った。

 オルタンシアがリードするとは言ったものの、そのテンポはミロワがステップに慣れて行くにつれ徐々にアップしていったため、身体が慣れるよりも先に疲れで足元が覚束なくなってきていた。


「た、楽しいけど、そろそろ休憩しない?オルタンシアの体力ってどうなってるの?」


「えっ、そうですか?久々に誰かと踊ったので、ついはしゃいじゃったかも」


 目を輝かせたままのオルタンシアはミロワから身体を離すと、そっと一礼した。

 彼女の礼に倣って、肩で息をしつつミロワも彼女に一礼した。


「あ、でも踊るのは楽しかった!また踊りを教えてもらっていいかな?次はもっと上手に踊れる気がするし」


「あはっ。喜んで。という事は、また会える事もあるという事ですね」


「そうだね。でも毎回お忍びで屋敷に来るのは、流石に俺でも危険だって分かるからなあ……できたら頑張るよ」


 ミロワの言葉にオルタンシアは「確かに」と頷き、顎に手をあてて何か考え込み始めた。


「あっ、私がお屋敷から出れば、危険な思いをしなくて会えますね。逆に考えれば」


「うん?まぁ、そうなるけど……オルタンシアは勝手にお屋敷を出て行っていいの?」


 男の問いにオルタンシアはこくりと頷いたあと、俯いて目を伏せた。


「私はあまりニフルハイム家には歓迎されてはいないので……息抜きの場所があった方が返っていいんです」


「そうなんだ?何か困ったことがあったら協力するよ。俺でよければ」


 ミロワの言葉に、俯いていたオルタンシアは微笑みを返した。


「あはっ。ありがとうございます。頼りにさせていただき……むがむが」


 突然ミロワに両頬を摘ままれて、言葉を紡げずにジタバタするオルタンシア。


「……いつわりの笑いは良くないよ。怒ってもいいから、素直なオルタンシアを見たいな」


「ほんなこほいはれわひへも……」


 頬を摘ままれたままで話そうとするオルタンシアに申し訳なく思って、慌ててミロワは手を離した。


「あ、ごめんごめん。痛かったよね?俺も余計なこと言っちゃってごめんね」


「いえ。あの、何というか……自分では知らないうちに笑っているというか、笑っていないといけなかったような?癖のようなものなので、直るか分からないけど意識はしてみます」


「ありがと。あとあれだ。ミロワ様って言われると何かくすぐったいから、ミロワでいいよ」


「……そう言われても。年上には敬意を払うべきだと思うので。私は十五歳ですが、ミロワ様は失礼ですがお幾つですか?」


「へっ?」


 年齢を聞かれてミロワは素っ頓狂な声を上げた。

 自分が生まれたと思われる年は紫の魔女オルタンシアに出会った頃まで遡るし、そもそも何年生きたのかなどと考えた事が無かったのだから、覚えているはずがない。

 オルタンシアが言った通りであれば、人間にとっては年齢の差とは重要なものらしい。

 それならば……とミロワは良い事を思いついた顔でオルタンシアに答えた。


「じゃあ、十五歳」


「はい?何を言ってるんですか?」


 オルタンシアがとても呆れたような顔をして、終いには溜息までついた。


「ごめん。何歳だったのか数えて無くてさ、本当に分からないんだ」


「えっ、ミロワ様は人間ではないのです?なるほど、見た目で判断しては駄目という事ですね」


「うん。でもさ、人の成長は見てきたからどういう風に変わっていくのかは想像できるよ。だから、オルタンシアと同じように歳をとってみたい」


「は、はあ。人間ごっこをしたいんですか?そういう事なら……分かりました。それでは同い年という事で。ミロワって呼びますからね、いいですか?」


 額に手をあててまだ呆れつつも、オルタンシアは渋々ミロワの提案を承諾した。


「勿論!あっ、女の子の友達が欲しかったら見た目だけ変われるからいつでも言って!結構女の子になるの楽しいんだ、かわいい服が着れるし」


「えっ、そういう感じなんですかミロワは……あ、はい。私的には性別は固定の方が話しやすいかな。個人的な事とか、異性に言えない悩みも出てくると思うので」


「へぇ、そういうものなんだ。分かった。オルタンシアの前ではあんまり入れ替わらないようにするよ。さって……疲れも癒えて来たし、そろそろおいとましようかな」

 

 気が付けば聞こえてくる宴の喧騒もたけなわを過ぎ、そろそろお終いになる気配だった。


「もうこんな時間だったんですね。私も会場に戻らないと……今日は楽しかったよ、ミロワ。帰りも気を付けてね」


「ありがと、俺も楽しかった。またね!」


 ミロワはテラスから外へ飛び降りるとフワリと地面に着地して、オルタンシアに手を振ってから建物の影へと姿を消した。

 姿が見えなくなるまで手を振った後、オルタンシアもそろそろ終わりを迎える舞踏会の輪の中と帰ってゆくのだった。


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