姉妹

 ニフルハイムの空はいつもと同じ鬱蒼と曇った暗い空だった。

 オリフラムは、毎日の習慣にしている庭園の朝の散歩を楽しんだあと、姉であるアルフラウと朝の挨拶を済ませるために、彼女の部屋へと向かった。


 ガシャーン!


 オリフラムが入口から広間を通り、姉の部屋へ向かう階段の途中。

 扉の向うから何か陶器の様なものが床に叩きつけられる音と、女性の悲鳴が微かに聞えた。


「姉さん!くっ、何が起きているんだ!」


 普段はアルフラウの部屋にいる執事のミリィは、オリフラムが不在時に執政官の業務を代行してくれていた苦労を労って休暇をとって貰っている。

 この間の悪さに舌打ちしつつも、まずはアルフラウの安全を確かめる事が優先された。


「アル!」


 オリフラムは姉の名を呼びながら、腰にある剣の鞘に手を掛けると姉の部屋へと駆け込んでいった。

 幸い鍵は掛かってなかったため、扉を開けたオリフラムは部屋の中を覗き込んで姉の安否を確認した。


「アル!無事なら返事をしてっ!」


 部屋の窓からの侵入者の痕跡はなく、とりあえず腰にある剣の鞘から手を離した。

 落ち着いて部屋を見回すと、足元には散乱した食器と漬物石のように侍女の背中に覆い被さるアルフラウの姿があった。


「ね、姉さん……何やってんの」


 アルフラウに抱き付かれて身動きが取れず、仰向けに倒れる侍女。

 それでも彼女はジタバタともがきながら、オリフラムに助けを求めた。


「た、助けて!朝食の準備をしていたら、アルフラウ様が突然覆いかぶさってきて……身動きが」


 あまりにも滑稽な二人の姿に、オリフラムは憫笑しつつ姉の様子を覗きこんだ。


 アルフラウはどうやらまだ寝ぼけているらしく「オリフゥ」「オリフゥ」と呟きながら侍女にがっちりとしがみついていた。


「ちょっと姉さん、僕はここに居るよ。寝ぼけてないで、その子を離してあげなよ」


 散乱した食器を片づけながら、オリフラムは寝ぼけている姉に話し掛けた。


「ふぇ……あれ、オリフゥおはよう。不思議な日ね……今日はオリフゥが二人になってしまったの?」


 アルフラウは寝ぼけまなこを擦りつつ、オリフラムに返事を返した。

 しがみ付いていた侍女からようやく離れると、背伸びをしながら小さな欠伸をした。


「姉さん、まだ寝ぼけてるの……僕が二人な訳ないでしょ?侍女の朝食の準備の邪魔をしちゃだめじゃない」


 呆れ顔で姉にそう言うと、アルフラウは気に留めた様子もなく笑顔で答えた。


「そうねー、確かにオリフゥより柔らかかったかも?」


「姉さん……それ何の話?」


 オリフラムの問いにアルフラウは、ニッコリと微笑んだまま何も答えなかった。

 アルフラウから逃れた侍女は、ようやく立ちあがると服装を整えてオリフラムの方を向いた。


「ありがとうございます。アルフラウ様は寝ぼけていらっしゃったのですね。とっさの事で、受け止めきれずにすみません」


 申し訳なさそうに上目遣いでオリフラムを見る侍女の瞳の色はオリフラムの眼と同じヘテロクロミアだった。

 オリフラムと違う点は目の色自体が逆である事、そしてスレンダーなオリフラムとは違いその侍女は女性らしい体形の持ち主であったこと。

 つまり、胸が豊満であった。


「んんっ?僕に何処となく似てる気はする。姉さんが見間違えるのも仕方が無いよ……ところで君、見かけない顔だけど名前を教えてくれないかな?」


「はい。一昨日から此方でお仕事をする事になりました、オルタンシア=ニフルハイムと申します。オリフラム様の事はアルフラウ様からお聞きしていました。よろしくお願いします」


 深々と頭を下げるオルタンシアを、オリフラムは茫然と見つめて立ち尽くした。


「あ、あの?なにか?」


「いや、待って待って……僕の紫の目は異端の目と言われてきたのに、どうして君がその同じ目をしているんだ?しかも、ニフルハイム家を名乗るって事は血縁じゃないか!初めて会ったんだけど?」


 オリフラムはオルタンシアに近付くと強く肩を掴んだ。

 オルタンシアは突然の事に目を丸くしてオリフラムを見上げた。


「シオンか!シオンの仕業か!あの馬鹿師匠!とうとう自分の欲望に忠実な戦闘人形オートマターを作りやがって!」


「ええ……シオンって誰ですか?全然知らないんですけど?ちょっ、揺さぶり激しい……離してくださいっ」


 激しくオルタンシアの肩をがっくんがっくん揺さぶるオリフラムを横目に、アルフラウは机に置いてある付箋の沢山ついた自分の日記帳を開いて目を通した。

 日記の内容を確認しながら頷いた後、アルフラウは微笑みながらオリフラムに言った。


「あら、オルタが嫌がってるわ。オリフゥ、離しなさい」


 アルフラウの言葉と同時に、オリフラムはオルタンシアから手を離すと、二、三歩後ずさった。


「オルタがオリフゥの姉妹なのは本当。オルタンシアがなぜ此処に居るかは、心の整理がついたら本人の口からきちんと話しなさいね」


「あっ……はい」


 ようやくオリフラムから解放されたオルタンシアはふらふらしながら、アルフラウに力の無い声で返事をした。


「えっ?こんな年の近い妹がいたら変でしょ?でもアルが言うなら間違いはないんだろうけど……でもこの体格の格差はどういう事なのさ」


「そんな事、私に言われても困ります」


 オルタンシアの返事にオリフラムは何か釈然としなかった。

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